北米の歴史

国内奴隷貿易の供給源となった5つの州とは?

国内奴隷貿易の供給源となった5つの州

アメリカ合衆国における国内奴隷貿易(「第二次中間航路」とも呼ばれます)は、19世紀前半のアメリカ史において最も大規模かつ悲劇的な強制移住の一つでした。1808年に国際的な奴隷貿易が法的に禁止されると、綿花や砂糖のプランテーションが急速に拡大していた深南部への労働力需要を満たすため、既存の奴隷とされた人々を売買する国内市場が急成長しました。

この国内奴隷貿易において、主な供給源となったのは以下の5つの州です。

  1. バージニア州 — 国内奴隷貿易最大の供給州であり、タバコプランテーションの衰退と余剰労働力により、数十万人規模の人々が深南部へ売られていきました。
  2. メリーランド州 — バージニアと同様に上部南部に位置し、ワシントンDCやボルティモアの奴隷市場を通じて多くの人々が取引されました。
  3. ノースカロライナ州 — 農業経済の変化に伴い、奴隷とされた人々の重要な供給地となりました。
  4. サウスカロライナ州 — 供給側であると同時に、綿花ブーム以前には輸入拠点としても機能した州です。
  5. ジョージア州 — 深南部への玄関口として、貿易の中継地および供給地の両方の役割を果たしました。

歴史的背景

これらの州からは、推定で100万人近くの奴隷とされた人々が、家族を引き裂かれながらミシシッピ、アラバマ、ルイジアナといった深南部のプランテーション地帯へと強制的に移送されたとされています。この人的流通は、南北戦争まで続く南部経済の基盤となると同時に、数世代にわたる深い傷跡をアメリカ社会に残すことになりました。