北米の歴史

モンタナ州は奴隷州でしたか、それとも自由州でしたか?

モンタナ州は奴隷州でも自由州でもなかった

結論から言えば、モンタナ州は「奴隷州」にも「自由州」にも分類されません。アメリカ合衆国で奴隷制が存在していた時代、モンタナはまだ準州(テリトリー)としても州としても存在していなかったからです。

モンタナの歴史における重要な年

  • 1864年: 南北戦争の最中である5月26日、モンタナ準州が正式に設立されました。
  • 1865年: 南北戦争が終結し、憲法修正第13条の批准により合衆国全土で奴隷制が廃止されました。
  • 1889年11月8日: モンタナは第41番目の州として連邦に加盟しました。この時点で奴隷制はすでに廃止されていたため、モンタナは当然ながら自由州としてスタートすることになりました。

なぜモンタナは奴隷制と無縁だったのか

モンタナ地域は、19世紀前半に奴隷制をめぐって激しい政治的对立が起きていた時期(ミズーリ妥協やカンザス・ネブラスカ法など)には、ほとんど手つかずの辺境地域でした。1862年から63年にかけて金鉱が発見されると人口が急増し、ようやく準州として組織されたのは南北戦争も終盤に差しかかった1864年のことです。

そのため、モンタナでは南部諸州のようなプランテーション経済や、法律で認められた奴隷制度が発展することはありませんでした。ただし、先住民社会における捕虜の扱いなど、広い意味での不自由な労働は一部存在したとされています。しかし、これは合衆国の法制度が認めていた奴隷制とは性質の異なるものであり、モンタナが「奴隷州」と呼ばれることはありません。

まとめ

モンタナ州は、奴隷制が廃止された後の1889年に自由州として連邦に加わったため、「奴隷州」としての歴史は一切ありません。奴隷制の存続をめぐって北と南が対立していた時代には、モンタナという行政区分そのものが存在していなかった——これが最も正確な答えです。