結論:「署名」はしていないが、米国は賛成票を投じた
1948年12月10日、国連総会は世界人権宣言を採択しました。まず押さえておきたいのは、宣言は条約とは異なり、各国が個別に「署名」する性質の文書ではないという点です。世界人権宣言は国連総会決議として採択されたため、加盟国は「賛成・反対・棄権」の投票によって意思表示を行いました。
この採択投票において、アメリカ合衆国は明確に賛成票を投じています。起草段階から米国は主導的な役割を果たし、宣言の成立に大きく貢献しました。
よくある誤解:米国は棄権していない
「米国は主権や実効性への懸念から棄権した」という説明を目にすることがありますが、これは事実と異なります。採択時の投票結果は、賛成48カ国、反対0カ国、棄権8カ国でした。
棄権した8カ国は以下の通りです。
- ソビエト連邦(ソ連)
- ウクライナ・ソビエト社会主義共和国
- 白ロシア(ベラルーシ)・ソビエト社会主義共和国
- チェコスロバキア
- ポーランド
- ユーゴスラビア
- サウジアラビア
- 南アフリカ
ソ連圏諸国は宣言が国内問題への干渉につながることを懸念し、サウジアラビアは宗教的・文化的観点から、南アフリカは当時のアパルトヘイト政策との関係から棄権しました。
エレノア・ルーズベルトの果たした役割
世界人権宣言の成立において、米国の元大統領フランクリン・ルーズベルトの未亡人であるエレノア・ルーズベルトの存在は欠かせません。彼女は人権委員会の初代議長および起草委員会の議長を務め、多様な文化や価値観を持つ各国の意見を調整しながら、宣言本文の策定を主導しました。米国が宣言採択の中心的推進力だったことは、歴史的にも明確な事実です。
補足:その後の米国と人権条約の関係
世界人権宣言自体には法的拘束力がない一方、これを具体化した国際人権規約については、米国の対応は慎重でした。自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)の批准は1992年までずれ込み、社会権規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)は現在も批准していません。こうした経緯が、「米国は世界人権宣言に消極的だった」という誤解の一因になっている可能性があります。
まとめ
米国は1948年の世界人権宣言に「署名」はしていませんが、これは宣言が署名対象の文書ではないためです。実際には米国は賛成票を投じ、エレノア・ルーズベルトらの尽力により採択を主導しました。棄権したのはソ連圏諸国、サウジアラビア、南アフリカの8カ国であり、「米国が棄権した」という説は誤りだと言えます。