アメリカ独立以前のイギリス領南部植民地の中でも特に重要な、バージニア、メリーランド、ノースカロライナ、サウスカロライナの4植民地。これらは多くの共通点を持ちながらも、それぞれ独自の歴史的背景と発展の道をたどりました。本記事では、両面から詳しく解説します。
南部植民地4つに共通する特徴
まず、4つの植民地に見られる主な共通点を挙げます。
- イギリスによる設立:いずれの植民地もイギリスによって建設されました。
- プランテーション経済:タバコや米などの換金作物を基盤とするプランテーション経済が発達しました。
- 階層的な社会構造:富裕な大農園主からなる少数のエリート層が頂点に立ち、その下に貧しい自作農や奴隷が多数を占めるピラミッド型の社会が形成されました。
- 代議制の統治:選挙で選ばれた議会を持つ、代議制の政治形態を採用していました。
各植民地の相違点
バージニア
- 北米初の恒久的なイギリス人入植地ジェームズタウンが1607年に建設されました。
- 合弁会社である「ロンドン・バージニア会社」によって設立されました。
- ヘッドライト制度(頭数制度)により、移住者を連れてきた者に1人につき50エーカーの土地を付与し、入植を促進しました。
- 1619年には代議制議会「バージニア下院議会」が設立されました。
- 農業(タバコ、トウモロコシ)に加え、造船業や毛皮交易など、比較的多様な経済を展開しました。
- 次第に奴隷制が定着していきました。
メリーランド
- 1634年、ボルチモア卿により、イングランドで迫害されていたカトリック教徒の避難所として設立されました。
- カルヴァート家が統治する領主植民地(プロプライエタリー・コロニー)でした。
- 1649年の信教寛容法により、すべてのキリスト教徒に宗教的自由が保障されました。
- タバコの栽培と取引を中心とした経済が営まれました。
- 年季奉公人とアフリカ系奴隷が大量に流入しました。
ノースカロライナ
- 1663年に王領植民地として成立しました。
- イングランド系入植者のほか、スコットランド・アイルランド系、ドイツ系移民、アフリカ系奴隷など、多様な人口構成を持ちました。
- 農業(タバコ、米、藍)や畜産業に加え、船舶用の海軍物資(タール、ピッチ)の生産も行われました。
- 選挙で選ばれた議会による限定的な自治が認められていました。
サウスカロライナ
- 1669年、領主たち(Lords Proprietors)の下で領主植民地として設立されました。
- 経済的機会と宗教的自由を求める入植者を広く受け入れました。
- 米と藍の栽培を基盤とする大規模なプランテーション経済を発展させました。
- アフリカ系奴隷の人口が非常に多く、地域経済を支える存在となりました。
- 自由有色人種や先住民を含む、複雑な社会構造を持っていました。
まとめ
南部植民地4つは、イギリスによる設立、プランテーション経済、階層社会、代議制政府という共通の枠組みを持ちながら、設立の目的や経済の中心、社会構成において大きく異なっていました。こうした違いは、後のアメリカ南部社会の形成に深く影響を与えることになります。