1798年から1799年にかけて、アメリカ合衆国議会は「外国人・扇動法」と呼ばれる一連の法律を可決しました。この法律群は、フランス革命後の国際情勢が緊張を極める中で成立したものであり、政府への批判や反対意見、とりわけ外国出身者や親仏派の人々による声を抑え込むことを目的としていました。
外国人・扇動法とはどのような法律か
外国人法
外国人法は、国家にとって危険であると大統領が判断した外国人を強制退去させる権限を、大統領に与えるものでした。当時のアメリカにはフランスからの移民や亡命者が数多くおり、政府は彼らを潜在的な脅威とみなしていました。
扇動法
一方、扇動法は、政府やその役人に対する「虚偽の、醜聞的な、悪意のある文書」を出版することを犯罪と定めました。この結果、政府批判を行った新聞記者や編集者が逮捕・投獄される可能性が生まれたのです。
制定された背景
この法律が成立したのは、フランスとの関係が急速に悪化していた時期でした。フランス革命に端を発する外交上の緊張、「XYZ事件」と呼ばれる外交スキャンダル、さらには海上での準戦争状態などにより、アメリカ国内では戦争への不安と反仏感情が高まっていました。ジョン・アダムズ政権は、こうした国家の危機を理由に、安全保障を名目としたこれらの法律を制定したのです。
国民の反発と廃止へ
しかし、これらの法律は憲法が保障する言論の自由に反するものだとして、広く国民の不評を買いました。トーマス・ジェファーソン率いる民主共和党は強く反対し、1800年の大統領選挙ではジェファーソンがアダムズを破って当選します。そして1802年、外国人・扇動法はついに廃止されました。
外国人・扇動法は、国家安全保障を口実に政府批判を封じ込めようとした歴史の典型例として、今日でも言論の自由や権利章典の重要性を考えるうえで貴重な教訓となっています。