バルジの戦いとしても知られるアルデンヌ攻勢は、第二次世界大戦末期の1944年12月16日から1945年1月25日にかけて、ベルギーのアルデンヌ地方を中心に繰り広げられました。これは、ドイツ軍が西部戦線で仕掛けた最後の大規模な攻勢の一つであり、「バルジ(bulge=ふくらみ)」という名称は、ドイツ軍の突入によって前線に生じた突出部の形状に由来しています。
負傷者数の概要
正確な数値は資料や集計方法によって異なりますが、おおよその負傷者数は以下の通りです。
アメリカ軍
アメリカ軍の負傷者は約47,500人に上ります。戦死・行方不明・捕虜を含む総損害は約89,000人となり、アメリカ軍史上でも最大規模の単一作戦における損失の一つとされています。
ドイツ軍(枢軸側)
ドイツ軍の負傷者は、推定で約30,000人から40,000人とされています。戦死や行方不明・捕虜を含む総損害については、資料により幅がありますが、約67,000人から10万人以上に達したとする説もあります。
両軍の合計損害
両軍の負傷者数を合計すると7万人以上に達し、死傷者全体では15万人を超えると推定されています。このほか、支援に参加したイギリス軍にも約1,400人の損害が出ています。
まとめ
バルジの戦いは、最終的に連合国軍が勝利を収めたものの、双方に甚大な人的損害をもたらした激戦でした。この敗北によりドイツ軍の予備兵力は事実上枯渇し、以降の連合国軍によるドイツ本土への進撃が大きく加速することとなりました。