第二次世界大戦中、ナチス・ドイツはミュンヘン近郊のダッハウ強制収容所において、極めて非人道的な「医学実験」を行っていました。その中でも特に悪名高いのが、ナチスの医師ジークムント・ラッシャー(Sigmund Rascher)が指揮した低体温症に関する一連の実験です。
氷水に浸される300人の囚人
ラッシャーは約300人の収容者を対象に実験を実施しました。被験者たちは氷水を満たしたタンクに長時間浸され、「寒冷が人体に与える影響を研究する」ことを名目とされていました。実際には、撃墜されて寒冷な海上に投げ出されたパイロットの生存時間などを調べるための軍事目的の研究だったと考えられています。
体温28度で訪れる死
1942年8月のある日、ラッシャーは自身の実験ノートに次のように記しています。
「体温が28度に達すると、蘇生措置が試みられたにもかかわらず、被験者は例外なく死亡した」
歴史上最も悲惨な実験の一つ
この実験の犠牲となったのは、ダッハウ強制収容所の囚人300人であり、うち100人が実験の過程で命を落としました。本人の同意もなく、逃れる手段もないまま、人間としての尊厳を完全に無視して行われたこの実験は、歴史上最も暗いページの一つとして記録されています。
戦後、これらの人体実験はニュルンベルク裁判で裁かれ、その教訓は現代医学倫理の基倫理の基礎となる「ニュルンベルク綱領」の制定へとつながりました。