
「コジャカヤの戦い」として知られるこの戦闘は、1974年7月20日夜から21日未明にかけて、ギリシャ系キプロス人特殊部隊(コマンド部隊)が、敵後方のコジャカヤの丘に陣取るトルコ空挺部隊のキャンプに対して実行した浸透奇襲作戦である。トルコ軍がキプロス占領作戦を開始してから十数時間以上が経過しており、特殊部隊員たちは全戦線で容赦なく戦い続けていた。一つの任務が終われば、次の任務がすぐに待ち受けていた。
18時30分――出撃前のブリーフィング
第31特殊部隊中隊の第11、第12、第13強襲中隊は、アエトフォリアの丘にある粗末な砂坑で、地形に関する最終ブリーフィングを終えたばかりだった。新たな作戦が彼らを待っていた。それは、その朝キプロスの地に降り立った増援の空挺部隊によって強化されていた、コジャカヤの丘にあるトルコ軍前哨キャンプの制圧である。
第31中隊は西方向から行動する唯一の部隊であり、その目標はアギルタ村の上方、聖イラリオン城の南に位置するコジャカヤの丘だった。夕暮れ、第13強襲中隊が出発する。必須の個人装備点検を終えた隊員たちは、道端で見つけた預言者エリヤの聖像の前で足を止め、祈りを捧げた。隊長はこの日が自分の名前の祝日(ネームデー)であることをふと思い出す。そして21時、監視所付近の堤防から、敵後方への浸透が開始された。
敵の背後への危険な浸透
第13強襲中隊は峡谷を横断した。型破りで極めて危険な経路だったが、敵がそこから待ち構えている可能性は低い。一行はアギルタの森へ入り、トルコ軍のパトロールの息がかかるほど近い距離を、気づかれることなく進んでいった。同時に、第11および第12強襲中隊も同じ目標へ向かって移動していた。
地形は荒削りで険しく、隊員たちは手足を使って登攀する。弾薬箱は絶えず手から手へと受け渡され、あちこちで火の手が上がっていた。左手には、煙の中に不気味にそびえ立つ聖イラリオン城の姿。「神よ、我々をここへ導いてくださって感謝します」。当時、聖イラリオンはすべての特殊部隊員にとって特別な存在だった。演習では各中隊の競争スローガンとして「……聖イラリオンで一番になろう……」という言葉が唱えられていたのである。
22時55分――キャンプ包囲、そして零時
22時55分、キャンプ外に到着。偵察兵2名を含む22名のグループは、白い石灰岩の小道を交代で渡り、全員が戦闘配置についた。夜の静寂を破るのはコオロギの鳴き声だけ。フクロウが羽音を立てて飛び立ち、全員が伏せて息をひそめる。第11強襲中隊は東セクターの機関銃を制圧できる位置に就き、第12中隊は北セクターを担当した。無限にも感じられる静寂が支配する中、特殊部隊員たちは攻撃の合図だけを待ち続けた。そして、零時(ゼロアワー)が訪れた。
奇襲は完全に成功
隊長は石壁を駆け上がり、歩哨を音もなく始末した。チームは即時展開し、キャンプの兵舎へ突入する。兵員の大半はトルコ人空挺部隊員で、何の警戒もせず休息中だった。反応はない。奇襲は完全に成功した。同時に、第11・第12強襲中隊も東側と北側の機関銃座を内側から制圧した。勝負は決した。第13強襲中隊長が放った信号弾が、目標達成を全員に知らせる。
23時15分、任務完了。地域と鹵獲した戦争資材の管理を行い、敵の機関銃を要所に再配置して反撃に備える。真夜中、第32強襲中隊が「アスプロ・ストマ(白い口)」作戦で苦戦しているとの連絡が入ると、第13強襲中隊長は機関銃2丁を携え、掩護射撃による支援へ急行した。
夜明けまで続いた熾烈な白兵戦
ほどなくして予期された事態が始まる。麓ではトルコ軍が夜襲の準備を進め、焚き火を囲みながら指揮官の号令のもと掛け声を上げ、我々に向かって進撃を開始したのだ。彼らは我々を簡単な獲物だと見ていた。
戦闘は熾烈を極めた。トルコ軍は猛烈に反撃し、戦いは文字通りの白兵戦となる。弾丸はハチのように悪魔的な音を立てて頭上を、そして耳元を飛び交い、射撃の合間に静寂も間断もなかった。鹵獲したばかりのブローニング50口径(12.7mm)重機関銃を稜線ぎりぎりに据え付け、わずか約3メートルの距離から攻撃隊を粉砕した。トルコ軍の突撃隊形は崩れ去り、同じ光景が夜明けまで繰り返されたのである。
7月21日5時――血で染まった夜明け
時刻は7月21日5時を回り、夜が明け始めていた。丘の接収を担当するはずだった歩兵大隊が任務を遂行できないとの報告が入る。我々は敵地のど真ん中で、あらゆる方向から、聖イラリオンからさえも攻撃を受けていた。丘は死体で覆われ、カラスが頭上を舞っていた。反撃はようやく終わり、隊員たちはキャンプ跡を探索した。司令部、部屋の外に運び出されたベッド、写真入りの名札。苛烈な渇きの中、油樽に残ったわずかな水の痕で唇を潤した。
正午――新たな命令、そして撤退
正午、新たな命令が下された。第11強襲中隊はカラヴァスで上陸部隊を迎撃せよ。第12・第13強襲中隊は聖パウロ(アギオス・パヴロス)渡河地点へ移動し、空挺部隊に対処せよ。アエトフォリアでの再編成が命じられ、我々は中隊を見送った後、イリアス・グレンツェ中尉と共に残留した。彼はオリュンポスの神々のような冷静さで周辺に罠を仕掛け、私はそれを掩護した。トルコ軍はゆっくりと接近し、数メートルまで迫ったところで罠が完成。我々は不意打ちの射撃で包囲網を突破し、倒木のある小道を抜けて、猛烈な砲火の中を友軍部隊へ向けて急速に行軍した。
15時30分――次の任務へ
月曜日15時、聖パウロ渡河地点。死の静寂が広がり、葉擦れの音だけが隊員たちの沈黙に寄り添う。ポタモス・トゥ・カンポス出身、第74A ESSO所属のクリストフォロス・クリストフォロスの姿が、そこにはなかった。15時30分、太陽はまだ照りつけ、全員が直立不動。眠気眼、乾いた唇、そして死体。マニアティス少佐が叫ぶ。「士気はどうだ!」返ってきたのは、耳をつんざくような長い一声、「最高です!」。1時間もしないうちに、第31特殊部隊中隊は、一時停戦下における新たな任務へと投入されていった。
出典:PENTAPOSTAGMA