ヨーロッパの歴史

アレクサンダー大王の同盟者は誰だったのか?多様な協力勢力を徹底解説

アレクサンダー大王(アレクサンドロス3世)は、紀元前4世紀にわずか10年余りでペルシア帝国を打ち破り、東はインダス川流域にまで及ぶ巨大な帝国を築き上げました。この驚異的な遠征を支えたのは、彼個人の軍事的才能だけではありません。ギリシャ内外の多くの同盟者の存在があってこそ実現できたのです。

コリントス同盟――ギリシャの同盟都市

アレクサンダーの最も重要な同盟基盤となったのが、父フィリッポス2世が紀元前338年のカイロネイアの戦いの後に結成した「コリントス同盟」です。アテナイ、コリントス、テーバイといった主要なポリス(都市国家)がこれに加わり、マケドニアの盟主権を承認する形で同盟を結びました。

当初、ギリシャのポリスの多くはマケドニアの台頭に対して強い警戒心を抱いていました。しかし、アレクサンダーがペルシア帝国との戦いで目覚ましい勝利を重ねるにつれ、彼らは次第にその指導力を受け入れていきます。

ただし、ここで一つ注目すべき点があります。スパルタはコリントス同盟への加盟を最後まで拒み、独自路線を貫きました。実際、紀元前331年にはスパルタ王アギス3世が反マケドニアの蜂起を起こしています。つまり、スパルタはむしろアレクサンダーが常に警戒すべき存在であり、「同盟者」としては例外的な扱いが必要です。

一方、同盟に参加したギリシャ諸都市は、遠征に兵力や物資を提供しました。また、アレクサンダーが東方へ進んでいる間、ギリシャ本土の統治や艦隊の維持など、後方支援の面でも重要な役割を担いました。

ギリシャ以外の同盟者たち

アレクサンダーの協力網はギリシャにとどまりません。バルカン半島から中東・北アフリカにかけて、さまざまな民族や勢力との連携を築いています。

  • イリュリア人: バルカン半島西部の戦闘民族。マケドニア軍に屈強な兵士を供給しました。
  • トラキア人: 騎兵や軽装歩兵として活躍し、遠征の先鋒を務めることもありました。
  • パイオニア人: マケドニア北部の民族で、歩兵部隊として軍団に組み込まれました。
  • エジプト: 紀元前332年、ペルシア支配からの解放者としてアレクサンダーを歓迎し、彼はファラオとして戴冠されました。エジプトは重要な補給拠点となり、後にアレクサンドリア市が建設されています。

これらの同盟者や服属民は、兵力や物資の提供にとどまらず、現地の地形や気候に関する貴重な知識をもたらしました。征服地の統治においても、現地の有力者を登用することで秩序の維持を実現しています。

同盟者がアレクサンダーの成功に果たした役割

アレクサンダーの遠征は、決してマケドニア一国の力だけで成し遂げられたものではありません。ギリシャ諸都市からの援軍、バルカン諸民族の精兵、征服地の人々の協力――これらすべてが組み合わさって初めて、ペルシア帝国という巨大国家を倒すことが可能になったのです。

補給線の確保、占領地の統治、広大化する領土の防衛。こうした課題を同盟者の力なしに解決することは困難でした。言い換えれば、アレクサンダーの真の才能とは、多様な民族や勢力を自らの目的のためにまとめ上げる政治的手腕にこそあったと言えるでしょう。