第一次世界大戦の講和条約として知られる「ベルサイユ条約」。その名称の由来は実にシンプルで、条約が調印された場所にちなんだものです。
ベルサイユ条約の名称の由来
ベルサイユ条約は、1919年6月28日、フランスのパリ近郊にある町「ベルサイユ」のベルサイユ宮殿内にある「鏡の間」で調印されました。条約名はこの調印地に由来しており、これこそが「ベルサイユ条約」と呼ばれる理由です。
なぜベルサイユ宮殿が選ばれたのか?
調印場所の選定には、深い歴史的な意味が込められていました。1871年、普仏戦争に勝利したプロイセン(ドイツ)は、まさにこの鏡の間でドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の即位式を挙行し、ドイツ帝国の成立を宣言していました。
第一次世界大戦に勝利した連合国側は、この屈辱的な記憶に対抗するため、あえて同じ場所で講和条約を調印することで、ドイツへの象徴的な報復の意思を示したとされています。
鏡の間とはどんな場所?
鏡の間は、17世紀に「太陽王」ルイ14世によって建設されたベルサイユ宮殿きっての大広間です。全長約73メートルに及ぶ回廊に17面の巨大な鏡が並び、フランス絶対王政の栄華を今に伝える豪華絢爛な空間として世界的に有名です。
まとめ
ベルサイユ条約が「ベルサイユ」と呼ばれるのは、フランス・ベルサイユの宮殿「鏡の間」で調印されたことが直接の理由です。さらにその場所の選定には、1871年のドイツ帝国成立という歴史的経緯への強い意地と象徴性が込められていたのです。