ゾフィーは加害者ではなく、共に暗殺された犠牲者
「ゾフィー・フェルディナントが夫のフランツ・フェルディナントを殺害した」という記述は誤りです。実際には、ゾフィー(ホーエンベルク公妃)はオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公の妻であり、二人は1914年6月28日、ボスニアのサラエボで揃って暗殺された被害者です。
サラエボ事件とは
夫妻はサラエボ公式訪問の途中、セルビア人青年ガヴリロ・プリンツィプの銃撃によって命を落としました。この出来事は「サラエボ事件」と呼ばれ、第一次世界大戦勃発の直接的な引き金となった、20世紀の歴史を大きく変えた重大事件です。
暗殺当時のゾフィーの妊娠について
死亡した時点で、ゾフィーは妊娠4か月だったと伝えられています。夫妻にはすでに三人の子供がおり、ゾフィーは46歳でその生涯を閉じました。身分違いの結婚(モルガナーティック婚)により宮廷で冷遇されることも多かったゾフィーでしたが、大公とは深い愛情で結ばれた夫婦として知られています。