ベルサイユ条約の調印場所は実はパリではない
「ベルサイユ条約はパリで調印された」とよく言われますが、これは厳密には誤りです。実際に調印が行われたのは、フランスのヴェルサイユにあるヴェルサイユ宮殿の「鏡の間(グラン・ギャラリー)」です。ヴェルサイユ宮殿はパリの中心部から西へ約20キロメートル(約12マイル)離れた郊外に位置しています。
なぜヴェルサイユ宮殿の鏡の間だったのか?
第一次世界大戦の講和条約であるベルサイユ条約は、1919年6月28日に調印されました。この場所が選ばれたのには深い象徴的な意味がありました。
1871年、普仏戦争に勝利したプロイセン(後のドイツ)は、まさにこの鏡の間においてドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の即位を宣言し、ドイツ帝国の成立を宣言しました。これはフランスにとって大きな屈辱となる出来事でした。
そこで第一次世界大戦に勝利した連合国側は、あえて48年前と同じ場所でドイツとの講和条約を調印することにより、過去の屈辱を雪ぐという歴史的な意味合いを持たせたのです。
まとめ
ベルサイユ条約が「パリで調印された」とされるのは、調印地のヴェルサイユがパリ近郊であり、両者が混同されやすいためと考えられます。正確には「パリ西方のヴェルサイユ宮殿・鏡の間で調印された」というのが正しい表現です。華麗な装飾で知られる鏡の間は、今もなお世界外交史における重要な舞台として記憶されています。