第一次世界大戦前の二大陣営
第一次世界大戦(1914年〜1918年)が勃発する前のヨーロッパは、大きく分けて二つの陣営に分かれていました。一方はドイツを中心とした「三国同盟」、もう一方はフランス・ロシア・イギリスによる「三国協商」です。この対立構造が、後に大戦へと発展する重要な背景となりました。
三国同盟(1882年結成)
三国同盟は1882年に結成された軍事同盟で、次の3か国が加盟していました。
- ドイツ帝国
- オーストリア=ハンガリー帝国
- イタリア王国
この同盟は、もともとフランスの孤立化とロシアへの対抗を目的としていました。しかし、大戦が実際に始まると、イタリアは同盟の義務を果たさず、1915年には連合国側として参戦します。そのため、戦争を通じて共闘したのは主にドイツとオーストリア=ハンガリーであり、両国は「中央同盟国」と呼ばれることになりました。
三国協商(1907年成立)
三国協商は、次の3か国の間で段階的に築かれた協調関係です。
- フランス共和国
- ロシア帝国
- イギリス
その起点となったのは1894年の露仏同盟です。その後、1904年の英仏協商、1907年の英露協商と進み、三国協商が成立しました。三国同盟のような正式な軍事条約ではありませんでしたが、大戦勃発時には事実上の連合国として共闘することになります。
まとめ
第一次世界大戦前のヨーロッパは、ドイツ・オーストリア=ハンガリー・イタリアの「三国同盟」と、フランス・ロシア帝国・イギリスの「三国協商」という二つの陣営に分かれていました。この緊張状態が、1914年のサラエボ事件をきっかけに一気に表面化し、ヨーロッパ全土を巻き込む世界大戦へと拡大していったのです。