ヨーロッパの歴史

連合規約は連邦制政府を樹立したのか?その歴史的真相を解説

連合規約は連邦制政府を樹立したのか?

結論から言えば、連合規約は連邦制の政府を樹立しませんでした。むしろ、各州がそれぞれ主権を保持する、きわめて緩やかな国家連合(コンフェデレーション)を創設したのです。

連合規約とはどのようなものだったのか

連合規約は、アメリカ独立戦争中の1777年に採択され、1781年に全州の批准によって発効しました。これはアメリカ合衆国最初の成文憲法でしたが、その性格は今日の「連邦」というよりも、「独立した州のゆるやかな同盟」に近いものでした。

中央政府に与えられたのはごく限られた権限だけ

連合規約のもとでの中央政府(連合議会)は、以下のような点で著しく権限が弱かったことで知られています。

  • 課税権を持たず、各州からの任意の拠出金に頼らざるを得なかった
  • 州際通商を統一的に規制する権限がなかった
  • 強力な行政府(大統領職)や司法府が存在しなかった
  • 州に対して連合の決定を強制的に守らせる手段がなかった

つまり、各州は連合の法律に従う義務を厳格には負っておらず、中央政府は事実上、州間の調整役にとどまっていました。

なぜこの制度は機能しなかったのか

この仕組みは実際には持続不可能であることが明らかになりました。1786年から翌年にかけて起きたシャイズの反乱のような国内の動乱への対応力を欠いたほか、財政難や州ごとの通商政策の不統一など、数多くの問題が次々と表面化しました。

1789年、合衆国憲法へと置き換えられる

こうした危機を受けて、1787年にフィラデルフィアで憲法制定会議が開催され、新たな合衆国憲法が起草されました。批准手続きを経て1789年から新憲法に基づく連邦制政府が正式に発足しました。ここでようやく、中央政府と州が権限を分かち合う、真の意味での連邦主義体制がアメリカに実現することになったのです。