ポツダム会談に参加しなかった国はフランス
第二次世界大戦末期の1945年7月から8月にかけて開催されたポツダム会談に、主要連合国でありながら参加しなかった国があります。それはフランスです。
ポツダム会談とはどのような会議か
ポツダム会談は、ベルリン近郊のポツダムで1945年7月17日から8月2日まで開催された、第二次世界大戦における三大連合国の首脳による最後の会談です。戦後の世界秩序やヨーロッパの復興、ドイツの処遇などを協議するために行われました。
会談に出席したのは、以下の三国の指導者です。
- アメリカ合衆国:ハリー・S・トルーマン大統領
- ソビエト連邦:ヨシフ・スターリン書記長
- イギリス:ウィンストン・チャーチル首相(会談途中で総選挙に敗北し、後任のクレメント・アトリー首相が交代で出席)
フランスが参加しなかった理由
フランスがポツダム会談に招かれなかった最大の理由は、当時のフランスが「大国」として認められていなかったことにあります。
1940年にナチス・ドイツに降伏し、国土を占領されたフランスは、戦争中の多くの時期を占領下で過ごしました。シャルル・ド・ゴール率いる自由フランス軍が連合国側として戦い続けたものの、終戦時点でのフランスの国際的地位は、アメリカ・ソ連・イギリスの三大国と比べて低く評価されていたのです。
そのため、戦後処理を決めるこの重要な会議には、フランスは招待されず、議題にも加わることがありませんでした。
その後のフランスの扱い
とはいえ、フランスが戦後の国際秩序から完全に外されたわけではありません。会談の結果を受けて設置された対独管理理事会では、フランスもイギリス・アメリカ・ソ連とともにドイツ占領の一角を担うことになり、戦後のヨーロッパ再建において重要な役割を果たすことになりました。
まとめ
ポツダム会談に参加しなかった国はフランスです。当時のフランスは大国としての地位が認められておらず、アメリカ・ソ連・イギリスの三国首脳のみが会談に臨みました。しかし戦後はドイツ占領などに関与し、再び国際社会で重要な立場を取り戻していきました。