グラマン・エアクラフト・エンジニアリング・コーポレーション(後にグラマン・エアロスペース・コーポレーションへ改称)は、20世紀における軍用機・民間機の主要メーカーの一つとして知られています。1929年にリロイ・グラマンによって設立され、20世紀末にはノースロップ社と合併し、現在のノースロップ・グラマン社の母体となりました。
創業の背景
1920年代、リロイ・グラマンはルーニング・エアクラフト・エンジニアリング社に勤務していました。同社がキーストーン・エアクラフトに買収され、事業拠点がニューヨークからペンシルベニア州へ移転することになると、リロイ・グラマンは同僚たち――エドマンド・ワード・プア、ウィリアム・シュウェンドラー、ジェイク・スウィアブル、クリント・タウル――とともに独立を決意し、ロングアイランドのボールドウィンにある小さなガレージで新会社を立ち上げました。
会社は1929年12月5日に正式に法人登記され、1930年1月2日に営業を開始しました。最初の製品は米海軍の水上機用フロートでした。初めて手がけた航空機も海軍向けのもので、引き込み式降着装置を備えた複葉戦闘機「グラマン FF-1」でした。その後も次々と成功作を世に送り出し、会社の成長とともにバレーストリーム、ファーミングデールへと移転を重ね、最終的にベスページに本拠地を構えました。
第二次世界大戦と戦後の発展
第二次世界大戦中、グラマンは艦上戦闘機の分野で不動の名声を確立しました。F4F ワイルドキャット、F6F ヘルキャットといった傑作戦闘機、そして雷撃機 TBF アヴェンジャーは、太平洋戦線で大いに活躍しました。
グラマン初のジェット機は、1949年に実戦配備された F9F パンサーです。しかし戦後最大の成功作といえば、1960年代の全天候攻撃機 A-6 イントルーダー、そして1970年代に登場した可変翼艦上戦闘機 F-14 トムキャットでしょう。特に F-14 は映画『トップガン』でも有名になり、グラマンの名を世界的に広めました。
宇宙開発への貢献
グラマンは航空機だけでなく、宇宙開発にも大きく貢献しました。人類を初めて月に導いたアポロ計画において、月着陸船(ルナー・モジュール)の主契約者を務めたのです。1962年11月7日に契約を受注し、最終的に13機の月着陸船を製造しました。アポロ計画の終了後には、スペースシャトル開発契約の候補にも名を連ねましたが、この受注はロックウェル社の手に渡りました。
社名変更とノースロップとの合併
1969年、社名はグラマン・エアロスペース・コーポレーションに変更されました。1978年には民間機部門であるグラマン・アメリカンをガルフストリーム・エアロスペース社へ売却しています。1991年頃の冷戦終結は国防需要の構造変化をもたらし、防衛産業界では合併の波が起こりました。こうした流れの中で、1994年にグラマンはノースロップ社と合併し、ノースロップ・グラマン社となったのです。
グラマンが生み出した航空機一覧
戦闘機
- グラマン FF-1
- グラマン F2F
- グラマン F3F
- グラマン F4F ワイルドキャット
- グラマン XF5F-1
- グラマン F6F ヘルキャット
- グラマン F7F タイガーキャット
- グラマン F8F ベアキャット
- グラマン F9F パンサー
- グラマン F9F クーガー
- グラマン F10F ジャガー
- グラマン F11F タイガー
- グラマン F-14 トムキャット
攻撃機
- グラマン AF-2 ガーディアン
- グラマン A-6 イントルーダー
爆撃機
- グラマン TBF アヴェンジャー
水陸両用機
- グラマン JF ダック
- グラマン G-21 グース
- グラマン G-44 ウィジョン
- グラマン アルバトロス(海軍呼称 U-16)
- グラマン G-73 マラード
その他の機体
- グラマン C-1 トレーダー
- グラマン S-2 トラッカー
- グラマン E-2 ホークアイ
- グラマン C-2 グレイハウンド
- グラマン OV-1 モホーク
- グラマン X-29A
宇宙開発
- アポロ計画 月着陸船(LEM/ルナー・モジュール)