古代の歴史

リバーマリン(ブラウンウォーター・ネイビー)とは?河川海軍の歴史と特徴を解説

リバーマリン(ブラウンウォーター・ネイビー)とは?河川海軍の歴史と特徴を解説

リバーマリン(River Marine)、すなわち「ブラウンウォーター・ネイビー(Brown-water navy)」は、河川の防衛を担う海軍部隊を指す海事用語です。この概念はアメリカ発祥のものであり、沿岸海域で活動する沿海海軍や、海岸から200海里(約370キロメートル)以上離れた外洋で作戦行動が可能な外洋海軍(ブルーウォーター・ネイビー)とは明確に区別されます。

河川海軍の特徴

河川海軍の中核をなすのは、砲艦や哨戒艇といった、河川や湖沼での航行に適した小型艦艇です。ただし、河川海軍だからといって攻撃能力が欠如しているわけではありません。一部の艦艇には対艦ミサイルが搭載されており、ミサイル艇として高い打撃力を発揮できる場合もあります。

歴史と用語の由来

リバーマリン(ブラウンウォーター・ネイビー)とは?河川海軍の歴史と特徴を解説

河川における海軍部隊の運用自体は古代から存在していましたが、「ブラウンウォーター・ネイビー」という用語が誕生したのは、南北戦争(1861年~1865年)期のアメリカにおいてです。当時、北軍の海軍はミシシッピ川で砲艦や鉄装甲艦を運用し、南軍(南部連合)の港湾を封鎖することで、その領土を分断する作戦を実施しました。泥水のように濁った川で活動したことから、この名称が定着したとされています。

ヨーロッパの植民地帝国もまた、アフリカや東アジアの河川を監視するために砲艦を保有していました。その代表例が、トンキン小艦隊(Tonkin flotilla)です。

その後、この用語は第一次インドシナ戦争でも再び用いられました。フランス海軍の突撃師団(Dinassault)は1947年から1955年にかけて、メコン川や紅河の水域で活動しています。さらにベトナム戦争中の1965年11月18日、アメリカ海軍は機動河川部隊(Mobile Riverine Force)を正式に編成しました。ここで登場したのがPBR(Patrol Boat, River)と呼ばれる河川哨戒艇で、1966年3月から1971年末までベトナムの河川での哨戒任務に従事しました。1970年には、「ベトナム化」政策の一環として、アメリカ海軍の河川部隊は南ベトナム陸軍(ARVN)へ移管されています。

ベトナム戦争後、ブラウンウォーター・ネイビーの部隊は特殊舟艇部隊(Special Boat Squadrons)と改称され、1991年の湾岸戦争やコロンビアにおける麻薬取締作戦などに投入されました。

現代における河川部隊

2006年から2008年にかけて、イラク戦争を受けてユーフラテス川やイラクの湿地帯を管理する必要性が高まったことから、アメリカ海軍は「リバイン・スクアドロン(Riverine Squadron)」と呼ばれる3個の河川部隊を再編成しました。そのうちの1つは2012年に沿岸河川部隊(Coastal Riverine Squadron)へ改編され、同年時点での沿岸河川部隊全体の人員は4,400名に達しました。

一方、フランス海軍は1966年に最後の河川部隊であるライン海兵部隊(Forces Maritimes du Rhin)を解隊しています。

また、内陸国や河川国境・内海を有する国々にも河川部隊が存在します。有名な例としてはボリビア海軍が挙げられます。ロシアでは、太平洋艦隊に属するアムール小艦隊がハバロフスクのアムール川に駐留しており、アストラハンにはカスピ小艦隊が配備されています。