古代の歴史

テル・ハラフ遺跡|シリア北東部の古代メソポタミア遺跡とハラフ土器

テル・ハラフ遺跡とは

テル・ハラフ(Tell Halaf)は、シリア北東部、現在のラース・アル=アイン近郊、ハブール川上流域に位置する古代メソポタミアの重要な考古学遺跡です。この遺跡は、幾何学模様や動物文様で彩色された施釉陶器を特徴とする新石器時代の文化が最初に確認された場所として、考古学史において特別な意義を持っています。こうした独特な土器は「ハラフ土器(Halafian ware)」と呼ばれ、古代西アジアの先史文化研究における重要な指標となっています。

テル・ハラフ遺跡|シリア北東部の古代メソポタミア遺跡とハラフ土器テル・ハラフ遺跡|シリア北東部の古代メソポタミア遺跡とハラフ土器

発掘調査の歴史

テル・ハラフの本格的な調査は、1899年から1927年にかけてドイツの考古学者たちによって行われました。中でもドイツの外交官にして考古学者であるマックス・フォン・オッペンハイム率いる発掘隊による調査が有名で、遺跡からは宮殿建築や石造彫刻など、数多くの貴重な遺物が出土しました。

繁栄を極めたハラフ期

この遺跡は、紀元前約5050年から紀元前約4300年頃までの間、大いに栄えた都市でした。この時期は考古学上「ハラフ期」と呼ばれており、美しく装飾された彩文土器をはじめとする高度な物質文化が特徴です。ハラフ期の文化圏はメソポタミア北部からレヴァント地方へと広がり、当時の農耕社会の発展を物語っています。

アッシリア帝国との関わり

紀元前894年頃、アッシリア王アダド・ニラリ2世は、この地をゴザンの従属都市国家として公式に記録しました。その後、一時的な独立の時代を迎えますが、紀元前808年、アッシリアの摂政女王サンムラマート(ギリシャ神話でいうセミラミス)とその息子アダド・ニラリ3世によって街は攻略・略奪され、周辺地域はアッシリア帝国の一州へと組み込まれました。

さらに紀元前722年には、アッシリアによるサマリア征服の後、イスラエル人の一団がこの地へ強制移住させられました。テル・ハラフは、新石器時代から鉄器時代に至るまで、古代オリエントの歴史の変遷を今に伝える貴重な遺跡なのです。