ケルティベリア(セルティベリア)とは
ケルティベリア(Celtiberia)は、現在のスペイン中北部に位置する歴史的な地域です。イベリア人とケルト人が混血・融合した部族、いわゆる「ケルティベリア人」が紀元前3世紀頃からこの地に定住し、独自の文化を築き上げました。
彼らが暮らしたのは、タホ川(Tejo/Tajo)とエブロ川(Iberus/Ebro)の水源地帯に広がる丘陵地帯です。この領域は、現在のソリア県(Soria)の大部分を含み、隣接するグアダラハラ県(Guadalajara)やテルエル県(Teruel)の一部にも及んでいました。
ケルティベリアの主要な部族
歴史上記録されているケルティベリア人は、主に以下の4つの部族で構成されていました。
- アレウァキ(Arevaci):最も強力な部族
- ベッリ(Belli)
- ティッティ(Titti)
- ルソネス(Lusones)
先史時代からの歴史的背景
ケルティベリアにおける最古の住民は、南東部アルメリア地方に起源を持つ青銅器時代のアルメリア文化の人々でした。その後、紀元前600年頃までにハルシュタット文化を持つケルト系侵入者がこの地域を占拠します。
しかし、ハルシュタット系の人々はやがてアレウァキ族に服従することになります。アレウァキは、オキリス(Okilis、現在のメディナセリ)とヌマンティア(Numantia)という強力な要塞を拠点として、近隣のケルティベリア諸部族を支配下に置きました。ベッリ族とティッティ族はハロン渓谷(Jalón)に定住し、シエラ・デル・ソロリオ山脈を隔てて北東にはルソネス族が居住していました。
武勇に優れた物質文化
ケルティベリアの物質文化は、エブロ渓谷のイベリア人の影響を強く受けていました。馬具、短剣、盾の金具などの出土品は、ケルティベリア人が好戦的で武勇を重んじる民族であったことを物語っています。
特に注目すべきは、彼らの発明による両刃の「スパニッシュ・ソード」です。この剣は後にローマ軍団に採用され、有名な「グラディウス」の原型となったとされています。
ローマとの戦いと滅亡
ケルティベリア人は紀元前195年に初めてローマに服従しましたが、完全なローマ支配下に置かれたのは紀元前133年のことでした。この年、プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アエミリアヌスが抵抗の中心であったヌマンティアを破壊し、長い戦いに終止符を打ったのです。
その後、ローマ都市クルニア(Clunia、現在のペニャルバ・デ・カストロ)がこの地域の行政中心地として機能するようになりました。