古代の歴史

エトルリア人とは?ローマ以前にイタリアで栄えた古代文明の実像

エトルリア人は、ローマ人に先立つ紀元前9世紀頃からイタリア半島に定住していた古代文明の一つです。独自の文化を築き上げ、美術(工芸・建築・彫刻)や工学の分野において、当時としては極めて高度な水準に達していました。

ローマやギリシャと比較すると一般にはあまり知られていませんが、エトルリアは古代世界で最も強大な勢力の一つであり、歴史・芸術・文化の面で後世に多大な影響を与える遺産を残しています。

エトルリアの社会

エトルリア社会は貴族制を基盤としており、ギリシャ文明とは異なり、女性も公的な生活に参加していた点が特徴です。政治体制は君主が統治する王政を中心とし、貴族の下に職人や商人、さらにその下に奴隷という身分階層が存在しました。

経済は農業、鉱業、金属精錬、そして交易を基盤としていました。特に航海術を活かした海上交易の拡大は、エトルリアの繁栄を支える重要な活動でした。こうした交流を通じて、エトルリア人は古代の諸民族、とりわけ後にエトルリア地方を征服することになるローマ人に大きな影響を及ぼしました。

宗教面では多神教を信仰し、数多くの神々を祀りました。中でも代表的なのは、天空神ティニア(Tinia)、女神ウニ(Uni)、そして知恵の女神メンヴァ(Menrva)です。

文字については、エトルリア字母はローマやギリシャのものとは異なる独特な体系を持っていました。その成立にはフェニキア文字の影響があったと考えられており、エトルリア文字は後にラテン文字の一部にも影響を与えたとされています。

エトルリア人の居住地域

エトルリア人が暮らしていたのはイタリア半島中部、現在のトスカーナ州にあたる「エトルリア」と呼ばれる地方です。アペニン山脈の西側に位置し、西はティレニア海、北はアルノ川、南はテヴェレ川に囲まれた一帯でした。

この地域には約15の都市国家が存在し、その代表格としてヴォルテッラ、フィエーゾレ、アレッツォ、コルトーナ、ペルージャ、キウジ、トーディ、オルヴィエート、ウェイ(ヴェイイ)、タルクイニアなどが挙げられます。

発掘調査の結果によれば、これらの都市国家は高度な文明を持ち、道路、大通り、水道橋、運河、橋、城壁、記念碑、住居、神殿などを備えた計画的な都市設計がなされていました。各都市はそれぞれの王によって統治され、他の都市に対する自律性を保っていました。

エトルリア人の起源については、今日でも確かなことは分かっていません。小アジアから渡来したとする説と、イタリア半島固有の民族であるとする説が対立しています。

エトルリアの芸術

エトルリア美術には、陶器(壺や甕など)、装飾品(耳飾り、ネックレス、ブレスレットなどの宝飾品)、彫刻(像)、建築(神殿、墓、ネクロポリス=共同墓地、橋、城壁など)、そしてフレスコ画が含まれます。使用された主な素材は、テラコッタ、木材、石材、粘土、金属、青銅、象牙です。

エトルリア人とは?ローマ以前にイタリアで栄えた古代文明の実像
エトルリアのネクロポリス

先住民・エトルリア人・ギリシャ人

移住の時期こそ異なるものの、先住のイタリック系民族、エトルリア人、ギリシャ人は、いずれもイタリア半島への初期の入植者でした。

先住のイタリック系民族は紀元前2000年頃に半島へ到達し、中央部の「ラティウム(ラツィオ)」と呼ばれる地域に定住しました。エトルリア人は紀元前9世紀以降、半島中部を拠点としながら北へと勢力を広げていきました。

一方、ギリシャ人は紀元前8世紀頃から半島南部に入植し、ナポリやシラクサといった都市を建設しました。この地域は後に「マグナ・グラエキア(大ギリシア)」として知られるようになります。

エトルリア人とローマの台頭

エトルリア人は、文化、芸術、儀礼、社会習慣など多くの面でローマ社会に深い影響を与えました。紀元前7世紀頃、エトルリア人の到来と交易の活発化を通じて、ローマは都市としての形を整えていきます。

エトルリアの都市国家は長きにわたり抵抗しましたが、各都市が連合していなかったことが弱点となりました。エトルリア人、ギリシャ人、ローマ人の間では幾度も戦いが繰り広げられましたが、紀元前3世紀にはローマ人が勝利を収め、覇権を確立します。

これによりエトルリア文化は「ローマ化」されていきましたが、その多くの要素は失われることなく、ローマ文化の中に取り込まれていったのです。

豆知識:エトルリア人の呼び名

エトルリア人は自らを「ラスナ(Rasena)」と呼んでいました。一方、ローマ人は彼らを「トゥスキ(Tusci)」あるいは「エトルスキ(Etrusci)」と呼びました。さらにギリシャ人は彼らを「テュレノイ(Tyrrhenes)」と呼んだのですが、これがイタリア半島西方の海「ティレニア海」の名称の由来となっています。