古代の歴史

カシミール紛争とは?インドとパキスタンの対立の歴史をわかりやすく解説

カシミール紛争は、1947年以来、インドとパキスタンがこの地域の帰属をめぐって争い続けている領土問題です。

1960年代には、パキスタンがこの地域の一部を中国へ割譲したことで、各国間の緊張がさらに高まりました。

さらに、インドとパキスタンの両国が核兵器を保有しているため、問題は一層深刻化しています。

カシミールの語源

「カシミール」という言葉の意味については多くの説がありますが、「水によって干上がった土地」を意味するという説が有力です。かつてこの地に大きな湖が存在し、それが消失したという伝承に由来するとされています。

また、「カシミア(cashmere)」という言葉は、この地域原産の山羊から採れる高級羊毛を指すものとして、世界中で知られています。

カシミールの基本データ

カシミールはインド最北端に位置する地域で、中国、パキスタン、チベット(中国が実効支配)の3つの国・地域と国境を接しています。人口は約1,250万人(2011年)です。

インド側では、夏期の首都はジャンムー、冬期の首都はスリナガルとされています。

インドへの編入以降、この地域は絶えず紛争の火種となってきました。パキスタンに加え、中国も1962年の中印戦争後に地域の一部を実効支配しました。現在この地域は「アクサイチン」と呼ばれており、インドが領有権を主張し続けています。

係争地域の詳細は、下記の地図をご参照ください。

カシミール紛争とは?インドとパキスタンの対立の歴史をわかりやすく解説

戦略的重要性

カシミール地方は水資源が豊富で、隣接する3カ国の国土を潤す重要な河川の水源地となっています。

特にパキスタンはこれらの河川の水に大きく依存しており、流路に変化が生じれば、同国の農業に深刻な打撃を与えかねません。

2019年の軍事衝突

2019年2月14日、カシミールにおいてパキスタン出身の自爆テロ犯がインド警察官を襲撃した事件をきっかけに、両国間で空爆が発生しました。

同年2月27日には、両国がそれぞれ相手方の戦闘機を撃墜したと主張し合いました。

国際社会は、両国が核兵器を使用する事態に発展することを懸念し、一連の攻撃に対して強い憂慮を表明しました。

インドとパキスタンの紛争の経緯

カシミール紛争とは?インドとパキスタンの対立の歴史をわかりやすく解説

インドとパキスタンのカシミールをめぐる対立は、1940年代、イギリスの植民地であったインドが独立を果たす過程で生まれました。

イスラム教徒の少数派との衝突を避けるため、イギリス政府は同宗教の信者のための国家を創設することを決定しました。こうして西パキスタンと東パキスタン(現在のバングラデシュ)が誕生したのです。

カシミール地域については、イギリスは住民投票によってどの国に帰属するかを決めるよう提案しました。

しかし、当時この藩王国を統治していたマハーラージャ(藩王)はインドへの帰属を決断します。この決定は、地域の人口の大多数がパキスタン系である以上、パキスタンに属すべきだと主張する現地のムスリムたちを激怒させました。

こうして両国間で宣戦布告なき戦争が勃発し、1949年まで続きました。その結果、インドはカシミール領土の一部を失い、その地域はアザド・カシミール(自由カシミール)の名称でパキスタン側に組み込まれました。

その後も住民投票の実施が取り決められましたが、インドはこれに従いませんでした。インドは、この地域は自国の領土であり、住民の意向を改めて問う必要はないと主張しているためです。

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