西暦64年、ローマ帝国の皇帝であったのはネロ(Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus)です。日本語では一般に「ネロ」または「ネロ帝」と呼ばれています。
ネロの治世
ネロは西暦54年、10代半ばの若さで皇帝に即位し、68年に死去するまで約14年間にわたり帝国を統治しました。初代皇帝アウグストゥスに始まるユリウス=クラウディウス朝の第5代にして最後の皇帝です。
即位当初は哲学者セネカや近衛隊長官ブルスら有能な補佐役のもとで比較的安定した政治が行われたとされますが、次第に専制的な統治へと傾いていきました。
西暦64年――「ローマ大火」の年
西暦64年7月、首都ローマを襲った大火災、いわゆる「ローマ大火」が発生しました。この火災により市街の大部分が焼失したと伝えられています。
後世には「ネロは火事のさなか、竪琴(たてごと)を奏でながらローマ炎上を眺めていた」という逸話が広く知られていますが、これは史実ではないと考えられています。当時、ネロ自身は首都ではなくアンティウム(現在のアンツィオ)に滞在していたという記録が残っています。
一方で、焼け跡に自らの豪華絢爛な宮殿「ドムス・アウレア(黄金宮)」を建設したことから、放火の黒幕ではないかとの疑いをかけられました。ネロはこの嫌疑をそらすため、キリスト教徒に罪を着せ、大規模な迫害を行ったと伝えられています。
その後のネロと最期
大火の後、ネロは石造建築への移行や道路幅の拡張といった防火・復興策を実施するなど、都市再建にも取り組みました。しかし、度重なる奢侈や政敵への粛清によって人望を失い、68年には各地で反乱が勃発。元老院から国家公敵と宣言されたネロは逃亡の末、自ら命を絶ちました。これによりユリウス=クラウディウス朝は断絶することになります。
まとめ
西暦64年のローマ皇帝はネロです。彼の治世は「ローマ大火」という歴史的転換点と重なり、「暴君」のイメージとともに語り継がれてきましたが、復興政策などの功績も持つ、実像が複雑な人物でした。