古代の歴史

南北戦争期の北軍艦艇(1861~1865年):オハイオ、タイオガ、ヴァンダリアはそれぞれどんな艦だったのか?

はじめに

南北戦争(1861~1865年)中、北軍(連邦海軍)は南軍に対する海上封鎖や港湾攻略のため、多数の艦艇を建造・投入しました。本記事では、この時期に活躍した3隻——木造蒸気軍艦「USS オハイオ」、「USS タイオガ」、「USS ヴァンダリア」——について、その性能、武装、そして戦歴を詳しく解説します。

USS オハイオ(OHIO)

USS オハイオは、南北戦争中に北軍向けとして建造された木造船体・蒸気推進のスループ型軍艦です。1861年5月10日にニューヨーク市のブルックリン海軍工廠で進水し、同年8月10日、ジョン・L・ワーデン中佐を艦長として正式に就役しました。

オハイオは当時としては強力な軍艦で、11インチダールグレン砲4門と9インチダールグレン砲6門を含む、合計24門の砲を搭載していました。さらに、最高約10ノットの速力を発揮できる蒸気機関を備え、帆走と併用することで柔軟な運用が可能でした。

就役後、オハイオは南北戦争を通じて北軍海軍の一員として活動し、ハンプトンローズ海戦、モービルベイ海戦、フィッシャー砦の戦いなど、数々の主要な戦闘に参加しました。一時期には北大西洋封鎖艦隊の旗艦も務めています。

戦争終結後、オハイオは退役して予備役に編入され、1883年にスクラップとして売却されました。

USS タイオガ(TIOGA)

USS タイオガは、南北戦争中に北軍向けとして建造された木造船体・蒸気推進の砲艦です。1862年12月13日にペンシルベニア州フィラデルフィアの海軍工廠で進水し、1863年5月27日、リチャード・W・ミード少佐を艦長として就役しました。

タイオガはオハイオよりも小型の軍艦でしたが、それでも十分に手強い存在でした。武装は32ポンド砲4門と20ポンド砲6門を含む合計10門で、最高約10ノットの速力を出せる蒸気機関を搭載していました。小型ゆえに機動性に優れ、沿岸部での哨戒や封鎖任務に適した艦でした。

タイオガもまた南北戦争を通じて北軍海軍に所属し、ポートロイヤルの戦い、サムター砦の戦い、フィッシャー砦の戦いといった主要な戦闘に参戦しました。一時期は南大西洋封鎖艦隊の旗艦としての役割も担っています。

戦後、タイオガは退役して予備役に編入され、1883年にスクラップとして売却されました。

USS ヴァンダリア(VANDALIA)

USS ヴァンダリアは、南北戦争中に北軍向けとして建造された木造船体・蒸気推進のスループ型軍艦です。1861年9月12日にマサチューセッツ州ボストンの海軍工廠で進水し、1862年7月24日、エドワード・ドナルドソン中佐を艦長として就役しました。

ヴァンダリアはオハイオの姉妹艦にあたり、同様の火砕を搭載した強力な武装を備えていました。推進機関も同じく最高約10ノットの蒸気機関を採用しており、外洋での作戦行動にも対応できました。

ヴァンダリアは南北戦争を通じて北軍海軍で運用され、ハンプトンローズ海戦、モービルベイ海戦、フィッシャー砦の戦いなど、主要な海戦・陸戦支援に参加しました。オハイオと同様に、一時期は北大西洋封鎖艦隊の旗艦を務めたこともあります。

戦後、ヴァンダリアは退役して予備役に編入され、1883年にスクラップとして売却されました。

3隻のまとめ比較

艦名種別就役日主砲装備速力
USS オハイオスループ型軍艦1861年8月10日計24門(11インチ砲4門ほか)約10ノット
USS タイオガ砲艦1863年5月27日計10門(32ポンド砲4門ほか)約10ノット
USS ヴァンダリアスループ型軍艦1862年7月24日オハイオと同規模約10ノット

このように、3隻はいずれも南北戦争における北軍の海上封鎖作戦を支えた重要な艦艇でした。大型のスループ艦であるオハイオとヴァンダリアが主力として火力を発揮する一方、小型のタイオガは機動性を活かして封鎖任務や哨戒活動を担うなど、それぞれの特性に応じた役割を果たしました。そして3隻とも戦後まもなく予備役となり、1883年に同じくスクラップとしてその生涯を閉じた点でも、共通の歴史を刻んでいます。