エル・アラメインの戦いが行われた場所
エル・アラメインの戦いは、第二次世界大戦中にエジプトの西部砂漠で行われた戦闘です。戦場となったのは、地中海沿岸の小さな鉄道駅エル・アラメイン周辺の一帯で、アレクサンドリアの南西約100キロメートルに位置していました。特定の「劇場」ではなく、広大な砂漠地帯そのものが戦場となった点が特徴です。
北アフリカ戦線における位置づけ
この戦いは、北アフリカ戦線(地中海・中東戦域)の一部として位置づけられます。1940年から1943年にかけて展開された北アフリカの戦いの中でも、エル・アラメインは戦局の転換点となる極めて重要な戦闘でした。
第一次エル・アラメインの戦い(1942年7月)
エルヴィン・ロンメル将軍率いるドイツ・イタリア装甲軍団がエジプトへ進撃したのに対し、イギリス第8軍がエル・アラメインの防衛線でこれを食い止めた戦いです。連合軍はカイロやスエズ運河への枢軸軍の侵攻を阻止することに成功しました。
第二次エル・アラメインの戦い(1942年10月〜11月)
バーナード・モントゴメリー将軍の指揮するイギリス第8軍が、枢軸軍に対して大規模な攻勢を仕掛け、決定的な勝利を収めました。この勝利により枢軸軍はエジプトからの撤退を余儀なくされ、北アフリカにおける戦局は連合軍優位へと大きく傾くことになりました。
歴史的意義
エル・アラメインの戦いは、「砂漠の狐」と称された名将ロンメルの攻勢を最終的に打ち破った戦いとして広く知られています。当時のイギリスのチャーチル首相は、この勝利を受けて「これは終わりではない。始まりさえもない。しかし、おそらく始まりの終わりである」と述べたことで有名です。エル・アラメインの勝利は、連合軍がヨーロッパでの反攻に向かう大きな自信となりました。