古代の歴史

なぜバグダッドは古代に円形だったのか?アッバース朝「円形都市」の謎に迫る

「バグダッドは古代、なぜ円形だったのか?」――この問いの背景には、8世紀に遡る興味深い歴史があります。762年にアッバース朝のカリフ・アル=マンスールによって建設された当初のバグダッドは、「円形都市」として設計されたことで知られています。一方で、実際の街はティグリス川を軸に不規則に拡大し、やがて円形の輪郭を失っていきました。ここでは、その設計思想と実像を掘り下げてみます。

アル=マンスールの「円形都市」構想

762年、アル=マンスールは新王朝の首都として、ティグリス川畔の地バグダッドに新都の建設を命じました。この都市は公式には「マディーナト・アル・サラーム(平和の都)」と呼ばれ、別名「円形都市(マディーナ・ムダッワラ)」としても知られています。

構想によれば、都市の中心にはカリフの宮殿と金曜モスクが置かれ、その周囲を官庁や住居が同心円状に取り囲み、さらに外側を厚い城壁が囲むというものでした。城壁には四方に門が設けられ、クーファ門、バスラ門、ホラーサーン門、シャーム門と呼ばれ、帝国の主要街道へと通じていました。

なぜ円形だったのか?考えられる理由

1. 象徴性と宗教的な意味

円は欠けることのない完全な図形であり、宇宙の秩序や神聖な中心を象徴するとされてきました。世界の中心に君臨するカリフの権威を視覚的に表すため、円形が採用されたという説があります。ペルシアの王都デザインの影響を指摘する研究者もいます。

2. 防御上の優位性

円形の城壁には角がなく、どの方角からの攻撃にも等しく対応できます。また、中心部から城壁までの距離が一定であるため、警備や兵員の配置を効率的に行えるという実利的な利点もありました。

3. 権力の可視化

ドームで飾られた宮殿は都市のほぼ中央にそびえ、どの門から入っても訪れる者の目に留まるように配置されていました。これは、カリフの存在感を都の隅々にまで印象づける意図があったとされます。

理想と現実:不規則に広がった街

しかし、完璧な円形都市が計画どおり完成したかどうかについては議論があります。建設の過程で、すでに商人や労働者たちが城壁の外側に住み着き始めたと伝えられます。さらに、ティグリス川の東岸(ルサーファ地区)には市場や住宅地が自然発生的に形成され、川が両岸をつなぐ形で都市全体が成長しました。

その結果、バグダッドは円形の城壁を持つ計画都市でありながら、実際にはティグリス川を貫く不規則な形の大都市へと発展していきました。9世紀後半には宮殿機能がサマッラーへ移転するなど、政治的中心としての役割も変遷を遂げています。

まとめ

バグダッドが「円形」として語られるのは、建国時のアル=マンスールによる円形都市計画に由来します。円形には象徴性・防御性・権威の誇示といった合理的な理由がありました。とはいえ、実際の街は川沿いに有機的に拡大したため、厳密な意味で円形を保ち続けたわけではありません。「円形都市」という理想像と、川とともに育った現実の都市像――その両面を知ることが、バグダッドの歴史を理解する鍵と言えるでしょう。