アメリカ独立戦争中、多くのネイティブ・アメリカン(インディアン)がイギリス王室を支持しました。彼らの一部はイギリス軍に加わりアメリカ側と戦い、また別の者たちは情報提供や後方支援などを通じてイギリスを助けました。しかし、戦後に彼らを待ち受けていたのは、決して明るい未来ではありませんでした。
戦後に待ち受けていた厳しい現実
戦争が終わっても、王室を支持した多くの先住民はアメリカ合衆国に留まり、部族の一員として生活を続けました。ただし、その暮らしはかつてと比べて大幅に縮小されたものでした。
アメリカ政府は一連の法律や条約を制定し、先住民から土地を奪い、その権利を次々と制限していきました。例えば1830年に成立した「インディアン移住法」は、連邦政府に対し、東部に暮らす先住民をミシシッピ川以西の「インディアン準州」へ強制的に移住させる権限を与えました。この結果、数万人もの先住民が祖先の土地から追われ、長く過酷な移住の旅の途中で多くの命が失われました。この悲劇的な強制移住は、後に「涙の道」と呼ばれるようになりました。
差別と暴力にさらされた日々
土地と権利を失ったことに加え、イギリス王室を支持した先住民たちは、白人入植者やアメリカ政府による差別や暴力にも直面しました。投票権、財産を所有する権利、教育を受ける権利といった基本的な権利さえ、しばしば認められませんでした。多くの場合、彼らは居留地(リザベーション)や隔離された共同体での生活を余儀なくされました。
歴史が残した教訓
イギリス側について戦ったにもかかわらず、戦後の和平交渉において彼らの貢献はほとんど顧みられませんでした。1783年のパリ条約では先住民の意向がほぼ無視され、彼らの土地は新興国家アメリカへと引き渡されました。この歴史は、先住民の主権と権利がいかに軽視されてきたかを示すものとして、今日でも記憶され続けています。