答え:どちらでもありません
平原インディアン(プレーンズ・インディアン)も塚の建設者(マウンド・ビルダーズ)も、彼らを奴隷としていた特定の勢力は存在しません。この問いに対する答えは「どちらでもない」ということになります。
両者とも、ヨーロッパ人の植民地化以前に北米大陸に暮らしていた先住民族の文化であり、北米の先住民族の間では、ヨーロッパ型の大規模な奴隷制は一般的な慣行ではなかったのです。
平原インディアンとは
平原インディアンは、北米中部のグレートプレーンズ(大平原)地域に居住していた先住民族の総称です。ラコタ(スー族)、シャイアン族、コマンチェ族、ブラックフット族などが知られており、バッファロー(バイソン)狩りを生活の中心とした遊動的な文化を発展させました。馬の導入後は、広大な平原を移動しながら独自の騎馬文化を築き上げたことでも有名です。
塚の建設者(マウンド・ビルダーズ)とは
塚の建設者とは、ミシシッピ川流域やオハイオ川流域などで巨大な土塚(マウンド)を築いた先史時代の先住民族文化を指します。代表的なものには、精巧な土器や埋葬儀礼で知られるホープウェル文化、そしてカホキアのような大規模な祭祀センターを擁したミシシッピ文化があります。これらの土塚は、宗教的儀式や首長の墓、あるいは集落の基盤として使用されていました。
先住民族と奴隷制について
歴史的に見ると、北米の先住民族社会においては、ヨーロッパで発達したような財産としての人間を所有する商業的奴隷制は普及していませんでした。一部の部族には戦争で捕らえた捕虜に関する独自の慣習が存在しましたが、それは身分制度としての奴隷制とは性質が異なるものでした。
本格的な奴隷制が北米大陸に持ち込まれたのは、ヨーロッパ人の植民以降のことです。特に植民地時代には、先住民族自身が奴隷化の対象となった時期もありましたが、これは先住民族同士の慣習ではなく、外部から導入された制度でした。
まとめ
平原インディアンと塚の建設者は、いずれもヨーロッパ植民地化以前の北米に栄えた先住民族文化です。彼らを奴隷としていた勢力はおらず、この前提自体が誤りであるというのが正しい理解となります。北米の歴史を学ぶ際には、こうした先住民族の文化的背景を正確に把握することが重要です。