古代の歴史

ニューイングランド植民地は漁業を行っていたのか?その歴史を解説

答え:はい、漁業はニューイングランド経済の重要な柱でした

ニューイングランドの植民地は、まさに漁業を中心として発展しました。厳しい気候と岩だらけの土壌では大規模な農業が難しかったため、海の恵みに頼った産業が自然と育まれたのです。

ピューリタンの入植とマサチューセッツの誕生

マサチューセッツはピューリタンによって建設され、1620年には、イギリス国教会からの改革を求めて抑圧されてきた分離派(セパレーティスト)たちの避難所となりました。

また、プリマスは、メイフラワー号による102日間に及ぶ航海を終えた人々――イギリス分離派(いわゆる「ピルグリム・ファーザーズ」)を含む混成グループ――が開いた交易拠点でした。

ニューイングランド初の漁業コミュニティ「グロスター」

ニューイングランドで最初の漁業コミュニティとして知られているのが、1623年に設立されたグロスター(マサチューセッツ州)です。同町は現在でもアメリカ東海岸を代表する歴史的な漁港として名を馳せています。

初期の入植者の生計手段

初期の入植者たちにとって、主な生計手段となったのは以下の3つでした。

  • 漁業:タラやスズキ(バス)などを中心とした沿岸漁業
  • 毛皮の捕獲:ビーバーなどの動物皮の採取
  • 先住民との交易:地元のネイティブ・アメリカンとの物資交換

中でもタラ漁は、干しタラとしてヨーロッパや西インド諸島へ輸出される貴重な換金商品となり、「ブラウン・ゴールド」とも呼ばれるほどニューイングランド経済の基盤を支えました。こうして漁業は、植民地時代から後世に至るまで、この地域のアイデンティティを形作る中心的な産業となっていったのです。