古代エジプトと馬の出会い
古代エジプト人が馬について学んだ相手は、実はローマ人ではありません。その鍵を握るのは、紀元前16世紀頃(第二中間期、およそ紀元前1650年〜前1550年)にエジプトへ侵入したヒクソス(Hyksos)と呼ばれる西アジア系の人々です。
ヒクソスがもたらした革命
馬はエジプト原産の動物ではなく、エジプトには本来存在しませんでした。ヒクソスはナイル川デルタ地域からエジプトを支配下に置いた際、馬と戦車(チャリオット)を持ち込みました。この機動力の高い戦車部隊こそが、彼らがエジプトを征服できた大きな要因の一つとされています。
さらにヒクソスは、複合弓や青銅器技術など、当時の最新の軍事技術もエジプトにもたらしました。
エジプト側の「逆転習得」
興味深いのは、エジプト人がこれらの新技術を単に受容するだけでなく、自らのものとして発展させた点です。ヒクソスを追放した新王国時代のファラオたちは、戦車部隊を中核とした強力な軍隊を築き上げ、それを武器にシリア・パレスチナ方面への遠征を行うなど、帝国の繁栄を支えました。
では、ローマ人の影響は?
結論として、古代エジプトにおける馬の導入に対して、ローマ人が果たした役割はほとんどありません。ローマがエジプトを併合したのは紀元前30年のことであり、馬がエジプトに伝わったのはそれより約1,500年以上も前の出来事だからです。
つまり、「エジプト人はローマ人から馬を学んだ」という説は誤りであり、正しくは「エジプト人はヒクソスから馬と戦車を学んだ」というのが歴史学的な答えとなります。