17世紀のニューアムステルダム(現在のニューヨーク市)は、オランダ共和国が建設した植民都市でありながら、驚くほど多様な言語が行き交う国際的な街でした。マンハッタン島にオランダ西インド会社によって入植が始まった当初から、この街にはヨーロッパ各地やアメリカ大陸からさまざまな人々が集まっていました。
ここでは、当時のニューアムステルダムで話されていた主な言語を紹介します。
1. オランダ語 ― 街の公用語
ニューアムステルダムの公式言語はオランダ語でした。街はオランダ共和国の植民地として運営されており、行政文書や商取引、教会の礼拝などはオランダ語で行われていました。総督ペトルス・ストイフェサントをはじめとする統治層も、日常的にオランダ語を使用していました。
2. 英語 ― 後の覇権を握る言語
イギリスからの入植者も少なからず存在し、英語は早くから街で聞かれる言語の一つでした。1664年にイギリスがニューアムステルダムを占領し「ニューヨーク」と改名すると、英語は次第に支配的な言語となっていきました。
3. フランス語 ― ユグノーたちの母語
フランス語も一部の入植者によって話されていました。彼らの多くはユグノー(フランスのプロテスタント)で、宗教的迫害を逃れてネーデルラント経由で新大陸へ渡った人々でした。ユグノーたちは商業や職人業で重要な役割を果たしました。
4. スペイン語 ― 貿易を通じて広がった言語
当時のネーデルラントとスペインは密接な貿易関係を持っていたため、スペイン語を話す入植者や商人も一定数いました。大西洋をまたぐ交易ネットワークの中で、スペイン語は実務的な共通語として機能することもありました。
5. 先住民族の諸言語 ― 大陸本来の声
ニューアムステルダム周辺地域では、もちろん先住民族の言語も話されていました。特にレナペ族(レニ・レナペ)の言語はハドソン川流域一帯で広く使われ、毛皮交易においてはオランダ人との意思疎通にも不可欠でした。さらに内陸部ではモホーク族をはじめとするイロコイ諸族の言語も話されていました。
まとめ ― ニューヨークの国際性は400年前から
17世紀のニューアムステルダムは、単なるオランダの辺境植民地ではなく、オランダ語を軸に英語、フランス語、スペイン語、そして先住民族の諸言語が共存する、極めて国際的な多言語社会でした。18以上の言語が話されていたとも伝えられるこの街の多様性は、「人種のるつぼ」と呼ばれる現代のニューヨークの原点といえるでしょう。