1933年1月30日、ナチス党は政権を掌握しました。革命的性格を持つ新体制にとって、あらゆる形態の反対勢力を排除することは不可避の課題でした。そして同年5月10日、ナチス当局は自らに反対する知識人たちへ攻撃の矛先を向けたのです。

この日、国内20以上の大学都市において、ナチス党の部隊とこれを支持する学生たちは、ドイツ各地の図書館から「市民が読んではならない」とされた書物を次々と集めました。その夜、大規模な焚書が実行され、ナチスたちは「ドイツ文化の浄化」を祝ったといいます。ベルリンでは2万冊を超える書物が炎に飲み込まれ、その多くは歴史の中へと永久に失われてしまいました。
ベーベル広場へのアクセス
ベルリンにおける焚書の舞台となったのがベーベル広場です。この広場はフンボルト大学の正面に位置しています。アクセスするには、バス100番線に乗車し、「Staatsoper(ベルリン国立歌劇場)」停留所で下車するのが便利です。最適な経路を知りたい場合は、事前に交通案内サイトで組み合わせを確認しておくとよいでしょう。
広場で見られるもの
1933年に2万冊の本が焼かれたこの広場には、現在、静かな記念碑が設けられています。広場の地下には小さな空の部屋が掘られており、壁面には白い空の本棚が並べられています。これは、かつての図書館から書物が奪われたこと、すなわち知の喪失を象徴する作品で、イスラエル出身の芸術家ミヒャエル・ウルマンによるもので、1995年に公開されました。

記念碑のそばの地面には、この悲劇的な出来事を伝える4枚の銘板が埋め込まれています。そこには、作家ハインリヒ・ハイネの次の言葉が刻まれています。
「これはほんの序章にすぎない。本が焼かれる場所では、やがて人間も焼かれることになるだろう」
ハイネ自身、その著作が焚書の対象となった一人でした。彼の予言的な警告は、その後の歴史によって痛烈なまでに現実のものとなりました。観光の際には、美しい広場の景観だけでなく、この地に刻まれた歴史の重みにも思いを馳せてみてください。