古い病院の様子。ルネサンス期フィレンツェの病院は、手厚いケアと充実した設備を備えていた。
メディチ家時代の病院は現代より優れていた?
メディチ家が君臨した時代のフィレンツェの病院は、ほぼ間違いなく、今日イタリアに存在する病院よりも良好に機能していたと考えられている。
というのも、15世紀から16世紀にかけて、このトスカーナの都市はヨーロッパで最も重要な都市へと発展し、芸術・商業・科学などあらゆる分野で時代をリードしていたからだ。医療もその例外ではなかった。
同時代人が記録した「羨望の快適さ」
ジャン=リュック・デュブルトン(Jean-Lucas Dubreton)は、著書『メディチ家時代のフィレンツェの日常生活』の中で、次のように記している。
「患者が市内の数ある病院の一つに運ばれると、そこで羨望に値する快適さに出会うことになる。豊富な栄養のある食事、厳選された飲み物、有能な看護人、そして清潔そのものの部屋と寝具」
フィレンツェを代表する病院たち
当時のフィレンツェには数多くの病院が存在した。中でも1288年設立のサンタ・マリア・ヌオーバー病院は、ヨーロッパ最古級の近代的病院として知られ、貧しい患者にも無料で治療を提供していた。さらに1445年には、孤児を保護する捨て子養育院(スピダーレ・デッリ・インノチェンティ)が開設され、社会福祉の先駆けともなっている。
意外にも低かった医師の評価
興味深いことに、当時の医師は必ずしも高い評価を受けていたわけではなかった。医学がまだ一つの学問として確固たる地位を築いていなかったため、医師の社会的立場は複雑だったのである。ただしこれは別の話題となるため、詳細については専用の記事で改めて取り上げることにしたい。