ハリエット・タブマンは、単に「地下鉄道(Underground Railroad)について知っていた」というわけではありません。彼女こそが地下鉄道を作り、運営した人物なのです。
「地下鉄道」とは何か?
「地下鉄道」とは、実際の鉄道のことではありません。19世紀のアメリカにおいて、奴隷制から逃れようとする黒人奴隷たちを、北部の自由州やカナダへ秘密裏に送り出すための秘密の支援ネットワークを指す隠語です。逃亡者を受け入れる安全な家は「駅」、協力者は「駅長」、案内役は「車掌」と呼ばれていました。
ハリエット・タブマンの果たした役割
タブマン自身もメリーランド州で奴隷として生まれ、1849年に自らの足で自由を勝ち取りました。しかし彼女はそこで止まらず、その後およそ13回にわたり危険な南部へ舞い戻り、70人以上の奴隷を自由へと導いたと伝えられています。決して一人も逃亡者を失わなかったことから、彼女は「モーセ」というあだ名で呼ばれるようになりました。
つまりタブマンは、地下鉄道の単なる利用者でも、噂を聞き込んだ傍観者でもなかったのです。彼女は数多くの脱出劇を先導した実践者であり、この歴史的運動を象徴する指導者の一人でした。「地下鉄道を知っていた人」としてではなく、「地下鉄道そのものを作り上げた人」として記憶されるべき存在なのです。