マルコ・ポーロが遺した旅の記録
13世紀のヴェネツィア商人マルコ・ポーロは、父ニコロ、叔父マッテオとともにシルクロードを渡り、元の大都(現在の北京)でフビライ・ハンに仕えたことで知られています。その壮大な旅の体験は、彼自身の口述をもとに一冊の書物としてまとめられました。日本では一般に『東方見聞録』というタイトルで親しまれていますが、これは日本における訳題であり、原典には実はいくつもの異なる名称が存在します。
書物をめぐる多彩な呼び名
- Il Milione(イル・ミリオーネ):イタリア語圏で広く知られる通称。「百万」を意味するこの名前は、作中に「百万」という表現が頻出することに由来するとも、ポーロ家の愛称に由来するともいわれています。
- Description of the World(世界の記述):ラテン語版では「Descriptio Mundi(デスクリプティオ・ムンディ)」として流布しました。
- Devisement du Monde(世界の記述):古フランス語による原題で、直訳すると「世界の分割」あるいは「世界の記述」を意味します。
- The Travels of Marco Polo(マルコ・ポーロの旅行記):英語圏で標準的に用いられる書名です。
口述筆記という特異な成立経緯
1298年頃、ヴェネツィアとジェノヴァの戦争で捕虜となったマルコ・ポーロは、獄中でピサ出身の作家ルスティケッロ・ダ・ピサに出会いました。彼に旅の見聞を語り、それが筆記されたことが本書の始まりです。当時のヨーロッパでは印刷技術がまだ普及しておらず、書物は写本として手作業で複製されていたため、現存する写本ごとに内容や表現に差異が見られます。書名がひとつに定まらなかったのも、こうした背景によるものと考えられています。
後世へ与えた影響
本書は、ヨーロッパの人々にアジアの姿を初めて体系的に伝えた記録の一つであり、クリストファー・コロンブスが航海の際に携えていたことでも有名です。未知なる東洋への憧れをかき立てたこの書物は、大航海時代の幕開けを促す一因となったといわれています。