歴史物語

ジャンヌ・ダルクはどの戦いで勝利したのか?百年戦争を変えた戦績を解説

ジャンヌ・ダルク(1412年頃~1431年)は、百年戦争中のフランスを救った伝説的な英雄です。農村出身の少女ながら神の声を聞いたと自称し、王太子シャルル(後のシャルル7世)の信任を得てフランス軍を率いました。彼女が参戦したことで戦況は一変し、劣勢にあったフランスは次々と勝利を収めていきます。ここでは、ジャンヌ・ダルクが関わった主要な戦いとその成果を詳しく見ていきましょう。

オルレアン包囲戦(1429年)――伝説の始まり

ジャンヌ・ダルクの名を一躍有名にしたのが、この「オルレアン包囲戦」です。当時、イングランド軍による包囲を受けていたオルレアンは、陥落寸前と言われるほど追い詰められていました。1429年4月、ジャンヌは救援軍に加わり、自らも甲冑を身につけて前線に立ちました。彼女の奮闘によってフランス軍の士気は高まり、わずか9日間でイングランド軍の包囲網を突破することに成功します。この勝利は百年戦争全体の大きな転換点となり、ジャンヌは「オルレアンの乙女」としてその名を馳せました。

パテーの戦い(1429年)――圧倒的な大勝利

オルレアン解放から間もない6月18日に行われたのが「パテーの戦い」です。撤退するイングランド軍の後衛部隊に対し、フランス軍の精鋭騎兵が電撃的な突撃を仕掛けました。イングランド軍は有名な長弓隊を展開する余裕すらなく、指揮官ジョン・タルボットら多くの将兵が捕虜となる壊壊滅的な敗北を喫します。この戦いは、ジャンヌが参加した戦いの中でも特に決定的な勝利として知られています。

ロワール川沿いの戦い(1429年)――連勝で地域を解放

オルレアンの勝利に勢いづくフランス軍は、ロワール川流域に残るイングランド軍の拠点の制圧へと向かいました。ジャンヌもこれらの戦いに加わり、短期間で連勝を重ねています。

ジャルジョーの戦い(6月11日~12日)

オルレアン東方の要衝ジャルジョーを攻撃し、フランス軍が勝利。ジャンヌ自身も城壁に梯子を架ける際に負傷しながらも奮戦し、町を陥落させました。

ムン=シュル=ロワールの戦い(6月15日)

ロワール川に架かる橋を押さえる重要拠点ムンを攻略。橋頭堡を確保することに成功し、進軍路を切り開きました。

ボージャンシーの戦い(6月16日~17日)

ロワール作戦の締めくくりとなる戦い。イングランド軍は降伏し、一連の戦役でフランスはロワール川流域をほぼ完全に取り戻しました。

コンピエーニュの戦い(1430年)――英雄、捕虜となる

1430年5月23日、ブルゴーニュ公国軍との戦いでジャンヌはコンピエーニュ近郊にて捕虜となりました。これは彼女にとって初めての敗北であり、人生における最期の戦いとなりました。その後、彼女はイングランド側に引き渡され、宗教裁判を経て1431年に火刑に処されます。しかし、彼女が築き上げた勢いは失われることなく、フランスは1453年に百年戦争の勝利を確定させるのです。

まとめ

ジャンヌ・ダルクが勝利を収めた主な戦いは、オルレアン包囲戦、パテーの戦い、そしてジャルジョー」「ムン=シュル=ロワール」「ボージャンシー」のロワール川沿いの一連の戦いです。わずか1年足らずの活動期間でありながら、彼女はフランスの運命を大きく変えました。最期はコンピエーニュで捕虜となったものの、その功績は後世に語り継がれ、1920年にはカトリック教会により聖人として列聖されています。