「アイルランド移民の多くは米国南部へ移住した」という見方がありますが、これは歴史的事実とは異なります。実際には、アイルランドから渡った移民の大多数はアメリカ合衆国北部、とりわけボストンやニューヨークといった工業都市を選びました。本記事では、その背景にある主な要因をわかりやすく解説します。
大多数のアイルランド移民が向かったのは北部
19世紀半ば、ジャガイモ飢饉(1845年〜1852年)をきっかけに数百万人規模のアイルランド人が祖国を離れました。彼らの多くが選んだ目的地は、南部ではなく北部の都市部でした。ボストンやニューヨークには膨大な数のアイルランド系住民が定着し、やがてこれらの都市の政治や労働運動において大きな存在感を持つようになりました。
北部を選んだ3つの主な理由
1. 豊富な雇用機会
北部は産業革命の中心地であり、工場労働、建設業、運輸業など、未熟練労働者でも就ける仕事が大量にありました。一方、南部の経済はプランテーション農業と奴隷制に依存しており、賃金労働者として身を立てられる機会が限られていました。移民にとって、現金収入を得られる北部の都市は圧倒的に魅力的でした。
2. 確立されたアイルランド人コミュニティ
ボストンやニューヨークには、すでに先駆者たちによって形成されたアイルランド人社会がありました。新たに到着した移民は、住居の斡旋、仕事の紹介、生活支援などをコミュニティに頼ることができました。このネットワークの存在が、後続の移民をさらに引き寄せる連鎖効果を生みました。
3. 宗教的自由と相対的な受容
アイルランド移民の大半はカトリック教徒でした。北部の大都市では多様な宗教が共存し、カトリック教会も早くから組織されていたため、信仰生活を維持しやすい環境が整っていました。南部ではプロテスタントが支配的で、カトリックへの偏見も強く、移民にとって馴染みにくい土地柄でした。
まとめ
アイルランド移民が北部、特にボストンやニューヨークに集中したのは、雇用の豊富さ、既存の同胞コミュニティ、そして宗教的な受容性という3つの要因によるものです。「南に移住した」という認識は史実に反しており、大多数の移民は北部の工業都市で新たな生活の基盤を築いたのです。