ドイツ占領下のギリシャ――残虐な「友」たち
第二次世界大戦中、ギリシャを占領したドイツ軍による支配は、単に残酷だっただけでなく、殺戮的ですらありました。ドイツ軍とその同盟国であるイタリア軍、ブルガリア軍は、ギリシャ人に対して恐るべき戦争犯罪を重ねました。皮肉なことに、彼らはギリシャに攻め込んだ際、「イギリス軍と親英政権を追い出すため」という名目を掲げ、まるでギリシャの「友人」であるかのように振る舞っていたのです。
屈しなかったギリシャ人たち
しかし、ギリシャ人は決して怯みませんでした。占領当初から、可能な限りの手段で、可能な限り多くの人々が、受動的な抵抗であれ能動的な闘争であれ、征服者への抗い続けました。その姿勢には常に、英雄的な勇気と自己犠牲の精神が貫かれていました。
そんなギリシャ人の自己犠牲精神を象徴する出来事が、1943年10月28日付の公式報告書に記録されています。
「1941年9月、アッティカ地方メガラ地区で二人のドイツ将校が行方不明となった。これを受けてドイツ当局はメガラの住民100人を逮捕・収監し、犯人が見つからなければ全員を処刑すると通告した。そこへ、アルバニア戦線で負傷した希・伊戦争の傷痍軍人二人がドイツ当局のもとに現れ、『自分たちが将校殺害の犯人である』と申告したのである。二人は直ちに射殺された。数日後、行方不明だったドイツ将校の遺体が発見された。そして捜査の結果、100人の命を救うために身を捧げたその負傷者たちが、実は無実であったことが証明された!」
不滅のギリシャ
面識もない同胞100人の命を救うため、自ら進んで死地に赴いた二人の兵士。彼らの壮絶な犠牲は、占領という過酷な状況下にあっても決して屈することのなかったギリシャ人の魂を、今に伝える物語です。
まさに――不滅のギリシャ!