第二次世界大戦(1939年〜1945年)は、枢軸国(ドイツ、イタリア、日本など)と連合国との間で行われた人類史上最大規模の戦争です。連合国には世界中の多くの国家が参加しましたが、中でも戦争の帰趨を左右した主要国が存在します。ここでは、連合国の中核を担った5つの国について、それぞれの参戦の経緯と果たした役割を詳しく見ていきましょう。
連合国の中核「三大国」
アメリカ合衆国
アメリカは1941年12月、日本による真珠湾攻撃を受けて参戦しました。当初は中立を保っていたものの、参戦後は瞬く間に連合国側で最も強力な存在の一つとなりました。同盟国への多大な軍事支援や資金援助に加え、「民主主義の兵器廠」と呼ばれた圧倒的な工業生産力は、連合国の勝利に不可欠なものでした。
イギリス
イギリスは1939年9月、ナチス・ドイツのポーランド侵攻を受け、最初に宣戦布告を行った国の一つです。フランス陥落後も本土決戦(バトル・オブ・ブリテン)を耐え抜き、終始連合国陣営の要として戦い続けました。強力な軍事力に加え、戦略的に重要な地理的位置、そして世界中に広がる植民地と同盟関係のネットワークが、連合国の戦いを大きく支えました。
ソビエト連邦
ソ連は1941年6月、ドイツによる奇襲侵攻(バルバロッサ作戦)によって参戦を余儀なくされました。戦争を通じて兵民合わせて2,000万人以上という甚大な損失を被りましたが、広大な国土と豊富な資源、そして驚異的な粘り強さによって、ついにドイツ軍を押し返すことに成功します。スターリングラードの戦いに代表される東部戦線での勝利は、連合国全体の勝利を決定づける重要な要因となりました。
その他の重要な連合国
フランス
フランスは1940年にドイツに敗北して国土を占領されましたが、ロンドンに亡命したシャルル・ド・ゴール率いる自由フランス政府として、連合国陣営の一員であり続けました。また、国内ではレジスタンス運動が活発化し、破壊工作や情報収集などを通じて連合国を支援。特に1944年6月のノルマンディー上陸作戦(Dデイ)では、占領下のフランス内部からの協力が大きな役割を果たしました。
中国
中国は第二次世界大戦に先立つ1937年から日中戦争(支那事変)で日本と交戦しており、開戦前から事実上戦争状態にありました。大戦期間を通じて連合国の重要な一員として戦い続け、日本軍の大部隊を中国大陸に釘付けにすることで、太平洋方面の連合国の負担を大きく軽減しました。さらに、情報提供や兵站面での支援も行い、連合国の勝利に貢献しています。
まとめ
第二次世界大戦における連合国の勝利は、これら主要国の協力なしにはあり得ませんでした。1942年1月には26か国が署名した「連合国共同宣言」が発表され、枢軸国に個別に講和しないことを確認するなど、各国は緩やかな同盟として結束を深めていきました。アメリカの物量、イギリスの戦略的拠点、ソ連の人的資源、そしてフランスや中国の抵抗——多様な力が組み合わさったことが、ファシズム打倒という共通目標の達成につながったのです。