ヨーロッパの歴史

オマハビーチの米軍は、軍艦による艦砲射撃開始後もドイツ軍陣地から激しい抵抗を受けたのか?

オマハビーチ上陸作戦の実態

1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦(Dデイ)において、オマハビーチに上陸したアメリカ軍部隊は、連合国軍の軍艦がドイツ軍への艦砲射撃を開始した後も、ドイツ軍の砲台や掩体壕からの激しい抵抗に直面することとなりました。

艦砲射撃はなぜ不十分だったのか

上陸前に実施された海軍による事前砲撃は、計画されたほどの効果を発揮できませんでした。悪天候や照準のずれといった要因により、多くのドイツ軍コンクリート製掩体壕(トーチカ)や砲兵陣地がほぼ無傷のまま残存していたのです。

米軍が被った甚大な損害

その結果、第一波として上陸した米軍部隊は、ビーチに到着した瞬間から容赦ない十字砲火にさらされ、上陸作戦中に甚大な人的損害を被りました。装甲車両の多くが深い水域で沈没し、歩兵たちは重装備のまま冷たい海水をかき分けて岸へ向かわなければなりませんでした。

数時間の激戦の末に確保された足場

それでも米軍将兵は、工兵や生き残った歩兵たちが小規模なグループを組んで断崖を登り、ドイツ軍陣地を一つずつ制圧していきました。数時間にわたる激烈な戦闘の末、米軍はようやくビーチに安定した足場を確保することに成功します。オマハビーチでの戦いは、ノルマンディー上陸作戦全体の中でも最も犠牲が大きかった戦域の一つとして記録されています。