ヨーロッパの歴史

第一次世界大戦中のロシアの指導者は誰?ニコライ2世からレーニンへの時代変遷を解説

第一次世界大戦中のロシアの指導者は誰だったのか

第一次世界大戦(1914年〜1918年)当時、「ソ連」と呼ばれる国家はまだ存在していませんでした。ソビエト連邦が正式に成立したのは1922年12月のことです。そのため、大戦中のロシアの指導者については、時期によって答えが異なります。

大戦前半:皇帝ニコライ2世の統治

開戦から1917年まで、ロシアはロマノフ朝の皇帝ニコライ2世が治める帝政ロシアとして参戦していました。しかし、戦争による甚大な人的損失や経済の混乱、国民の不満が高まり続けた結果、1917年2月に二月革命が勃発。ニコライ2世は退位に追い込まれ、約300年続いたロマノフ朝はここに崩壊しました。

大戦後半:ウラジーミル・レーニンの登場

二月革命後は暫定政府が国政を担いましたが、同年11月(旧暦10月)、ウラジーミル・レーニン率いるボリシェヴィキ党が十月革命に成功し、政権を掌握します。レーニンはロシア社会主義連邦ソビエト共和国の礎を築き、人民委員会議議長(首相に相当する職)としてソビエト政権の初代指導者となりました。

権力を獲得したレーニンは、まもなくドイツなどの中央同盟国とブレスト=リトフスク条約(1918年3月)を締結し、第一次世界大戦からの離脱を実現します。この単独講和により、ロシアは広大な領土を失う代わりに、新生革命政権の安定化を最優先する道を選びました。

まとめ

つまり、第一次世界大戦の大部分においてロシアを率いていたのは皇帝ニコライ2世であり、大戦末期の1917年11月以降はウラジーミル・レーニンが指導者となりました。レーニンは、1922年に成立するソビエト連邦の建国者として、後の歴史に大きな足跡を残すことになります。