古代の歴史

トレント公会議とは?カトリック教会の教義再確認と対抗宗教改革の要

1540年代から1560年代にかけてイタリアの都市トレントで開催されたトレント公会議は、カトリック教会の教義を再確認することを最大の目的とした、対抗宗教改革における最重要の出来事の一つです。

トレント公会議とは?カトリック教会の教義再確認と対抗宗教改革の要

宗教改革がもたらしたヨーロッパの激変

16世紀のヨーロッパにおけるプロテスタント宗教改革は、宗教の枠を超えて政治や社会全体に甚大な影響を及ぼしました。特にルターは卓越した弁説力と民衆への浸透力を持ち、神聖ローマ帝国を構成する諸侯に対して、皇帝や教会の明示的な同意なしに政治的に結集する道を開いたのです。

改革派は、教会組織の上位に位置しながら大きな政治的影響力を握り、霊的な配慮をほとんど顧みなかった聖職者たちの振る舞いを厳しく批判しました。こうした神学的な提言(多くの人々には革命的かつ異端的と映りました)は、やがてヨーロッパ全土に宗教内戦を引き起こし、結果として絶対主義的な性格を持つ近代国民国家の形成へとつながっていきます。

トレント公会議の目的と開催の経緯

こうした情勢の中、カトリック教会は改革派からの批判を真摯に受け止め、問題を制度的・霊的な両面から解決しようと試みました。トレント公会議は後者の側面に属するもので、カトリックの教義を再確認するとともに、聖職者と信徒の行動をこれらの教義に沿って調整し直すことを目的として召集されました。

公会議の開催は、1542年に出された教皇勅書に基づき、1545年に始まりました。イギリスの歴史家クリストファー・ドーソンのように、この公会議をルターによる宗教改革への対応と見なすべきではないと主張する研究者もいます。ドイツでの宗教改革への対応は、すでに大陸内部の戦争を通じて制度的・軍事的になされていたからです。トレント公会議はむしろ、教会博士や聖人たちの伝統が一貫して擁護してきた内容に基づき、霊的な指針を定めたものだったのです。

度重なる戦争の影響により、公会議は1547年に最初の中断を余儀なくされました。会議は1551年から1552年にかけて再開されましたが、再び中断されます。そして第三回目となる最終会合が、ピウス4世の教皇在位中の1562年から1563年にかけて開催されました。

ドーソンによるトレント公会議の評価

クリストファー・ドーソンは著書『キリスト教の分裂――宗教改革から啓蒙時代へ』の中で、トレント公会議の最も重要な要点を次のように述べています。

「教会にとってその重要性は、いくら強調してもし過ぎることはない。公会議は、分散し無秩序となっていた正統性の力を回復させる条件を整え、新たな前進を可能にする確固たる教義と規律の基盤を提供した。何よりも、容易に見て取れる濫用――司教や司祭が職務を果たすべき場所に不在であること、聖職禄の兼務(複数の利益の蓄積)、祈りの怠慢、聖職者教育の軽視など、教会統治の崩壊を招いていた諸問題――を抑えるために、権威の全重量をもたらしたのである。」

禁書目録の刊行とミサ典礼の保持

さらに、以下の二つの重要な決議にも触れておく必要があります。

1. 禁書目録(Index Librorum Prohibitorum)の刊行

教会が発禁とした書物の目録である『禁書目録』には、ボッカチオの『デカメロン』や、エラスムス(ロッテルダムのエラスムス)の『痴愚神礼讃』などが含まれていました。

2. ミサ典礼の保持とその価値の確認

もう一つは、ミサの典礼を保持し、それをキリストの贖いの犠牲としての祝祭と位置づけたことです。この価値観は、1562年9月17日に開催されたトレント公会議第22セッション第3章に明確に示されています。

「教会は幾度となく、聖人たちの栄誉と記憶のためにミサを執り行う慣習を持っていたが、犠牲が彼ら自身に捧げられるのではなく、彼らに冠を与えた神のみに捧げられることを教えている。ゆえに司祭は『聖ペトロよ、あなたにこの犠牲を捧げる』とか『聖パウロよ、この犠牲を…』とは決して言わない。むしろ、彼らが成し遂げた勝利に感謝を捧げるとともに、地上で記憶している同じ聖人たちが、天において我々のために執り成してくださるよう、神の助けを請い願うのである。」

まとめ

トレント公会議は、宗教改革によって揺らぎを見せていたカトリック教会の権威を立て直し、以降数百年にわたる教会の方針を決定づけた画期的な会議でした。禁書目録の刊行やミサ典礼の確認を通じて、カトリックの伝統を強固に守り抜く姿勢を示した点で、対抗宗教改革の礎を築いたといえるでしょう。


注釈

[1] DAWSON, Christopher. The Division of Christianity. São Paulo: É Realizações, 2014. p. 191.