古代の歴史

フラミニウス執政官、凶兆を押して戦いの合図を送る

フラミニウス執政官、凶兆を押して戦いの合図を送る

第二次ポエニ戦争中の紀元前217年、ハンニバルのイタリア侵攻を迎え撃つ立場にあったローマの執政官ガイウス・フラミニウスは、焦燥のあまり重大な決断を下そうとしていた。以下は、リウィウスの『ローマ史』に描かれた、悲劇的な結末で知られるトラスィメヌス湖畔の戦いへと至る一幕である。

恐ろしい沼地で多くの兵士と駄獣が無残にも命を落とした後、ようやく湿地帯を抜け出したハンニバルは、最初の乾いた高台に陣を敷いた。先に放った斥候によって、ローマ軍がアレティウム(現在のアレッツォ)の城壁下に布陣していることを確実に知ると、彼は執政官の作戦と心中、国の地形や道筋、食糧を容易に調達できる手段など、役立ちうるあらゆる情報を入念に調べ上げた。

この地方はイタリア有数の沃土だった。ファエズラエ(フィエーゾレ)とアレティウムの間に広がるエトルリア平原は、穀物にも家畜にも、あらゆる産物にも富んでいたのである。

神をも恐れぬ執政官

一方、初めての執政官職に驕りを抱くフラミニウスは、法の威厳も元老院の権威も、ひいては神々の存在すらも恐れない男だった。生来の軽薄さに加え、幸運が内政でも戦場でも成功を重ねさせてくれたことで、その傲慢さにはますます拍車がかかっていた。ゆえに、神意も人々の助言も顧みず、常に傲慢かつ性急に振る舞うだろうことは、誰の目にも明らかだった。

ハンニバルの周到な挑発

カルタゴの将軍は、こうした性格の欠点をさらに煽り立てようと、敵を挑発する用意を整えた。ローマ軍を左に置き、ファエズラエからエトルリアの中心部へと進んで略奪に及ぶのである。殺戮と放火によってなし得る限りの破壊を尽くし、その火煙を遠くから執政官に見せつけたのだ。

静かな敵を前にしてさえ待機を良しとしなかったフラミニウスは、まさに目の前で同盟諸市の財産が奪い去られていくのを見て、カルタゴ人がこのままイタリア中部を闊歩し、何の妨害も受けずにローマの城壁そのものへ攻め上ろうとしているのを、自分自身への屈辱と受け取った。

評議会のメンバーはこぞって、「同僚の執政官との合流を待ち、両軍が同じ心と同じ計画のもとで臨むべきだ。それまでの間は、騎兵と軽装の補助兵だけでもって敵の際限のない略奪を封じ込めれば足りる」と、華やかさには欠けるが遥かに賢明な助言を呈した。ところがフラミニウスは、苛立たしげに評議会から飛び出すと、行軍と戦闘双方の合図を送り、こう叫んだ。

「我らはアレティウムの城壁下で大人しくしているのが似合わしいというのか! こここそが祖国だとでも言うのか! ハンニバルには勝手にさせるがよい。我らの手を逃れてイタリア中を荒らし回り、すべてを打ち壊し焼き払いながら、ローマの城壁の前に現れるがいい。我らはここから一歩も動かんぞ。元老院が、かつてウェイイのカミルスを呼び戻したように、アレティウムのカイウス・フラミニウスを召喚するその時までは!」

重なり合う不吉な前兆

こう悪態をつきながら、彼は軍旗を急ぎ掲げるよう命じ、自ら馬に飛び乗った。すると突如、馬が倒れ、騎乗していた彼は頭の上を滑るように転落した。周囲の者は皆、大事に臨んでの悪い前兆としてこれに慄いた。さらに知らせが届く。旗手は全力を振り絞っても、大地に深く食い込んだ軍旗を抜くことができないというのだ。

執政官は報告者のほうへ向き直り、言い放った。「お前まで私が動くのを止めるために、元老院の書簡でも持ってきたのか。行って伝えろ、恐怖で手が麻痺して旗が抜けないなら、鶴嘴(つるはし)で掘り出せとな」

かくして軍は進発した。将校たちはこの作戦に当初から反対だった上に、二重の凶兆にすっかり怖気づいていた。それでも兵士たちはおしなべて、指揮官の大胆さを喜び、その希望を支える根拠よりも、希望そのものに身を委ねていたのである。