「ア!サ・イラ」――フランス革命を象徴する歌の誕生
「ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ(Ah! ça ira, ça ira, ça ira)」――このフランス革命を象徴するリフレインが初めて歌われたのは、1790年5月のことでした。
作者は、元兵士から街頭歌手へと転じたラドレ(Ladré)という人物です。彼は、ボージョレー劇場のヴァイオリン奏者ベクール(Bécourt)が作曲し、当時大流行していたコントルダンスの旋律「ナショナル・カリヨン」に、無害な言葉を載せる形で歌詞を付けました。この旋律は、マリー・アントワネット王妃自身がハープシコードでよく演奏するほど気に入っていたものでした。
題名の由来はベンジャミン・フランクリン
この歌の題名とサビのテーマは、ベンジャミン・フランクリンの揺るぎない楽観主義に着想を得ています。フランクリンはアメリカ13植民地会議の代表として、1776年12月22日から1785年7月12日までパリに滞在し、フランス国民から厚い信頼と親愛を受けていました。
アメリカ独立戦争の戦況を尋ねられるたびに、彼は訛りの強いフランス語で決まってこう答えたといいます。「サ・イラ、サ・イラ(Ca ira, ca ira)」――「きっとうまくいくよ」という意味です。
サン・キュロットによる改変と、その後の運命
革命が本格化すると、歌詞はサン・キュロットたちの手によって、貴族と聖職者に向けられた殺伐とした言葉へと書き換えられていきました。それでも「サ・イラ」はテルミドールの反動期をも生き延び、総裁政府は各公演の前にこの歌を歌うことを命じました。しかし、統領政府の時代になると、ついに禁止されることとなります。
サビの歌詞
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
貴族どもを街灯に吊るせ!
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
貴族どもを絞首刑にしてやる!
歌詞全文(日本語訳)
歌詞は革命の進展に伴う情勢の変化を受け、追加や改変が重ねられてきました。以下はその全容です。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
民は今日も絶えずこの歌を繰り返す、
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
反逆者どもがいようとも、すべてはうまくいく。
混乱した敵どもはそこで足止めされ、
我らは「ハレルヤ」と歌おう。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
かつてボアローが聖職者について語ったとき、
彼は預言者のようにこの日を予言していた。
私の歌を口ずさみながら、
人々は喜んでこう歌うだろう:
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
福音書の教えのとおり、
立法者の下ですべては成し遂げられる。
高みに登る者は引き下ろされ、
身を低くする者は高く掲げられる。
真の教理書が我らを導き、
恐るべき狂信は消え去るだろう。
法に従うべく、
すべてのフランス人が実践するだろう。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
ピエレットとマルゴーは酒場で踊る、
楽しもう、良い時代が必ず来る!
かつて屈していたフランス人民に、
貴族は「われ罪あり(Mea culpa)」と言った。
聖職者は自らの富を悔いるが、
正義によって国民がそれを手にする。
賢明なラファイエットのおかげで、
誰もが静まり返るだろう。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
威厳ある議会の松明のもとで、
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
武装した民は常に自らを守るだろう。
真実と偽りを見分け、
善良な市民は善のために立ち上がる。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
貴族が抗議しても、
善良な市民は鼻で笑い飛ばす。
心乱れることなく、
最も強い者が常に勝つのだ。
老若男女、皆その心は兵士、
戦時において裏切る者は一人もいない。
勇気ある善良なフランス人は皆戦い、
怪しいものを見れば大胆に声を上げる。
ラファイエットは言った:「来たい者は来い!」
火も炎も恐れず、
フランス人は常に勝利する!
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
貴族どもを街灯に吊るせ、
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
貴族どもを絞首刑にしてやる!
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
貴族どもを街灯に吊るせ。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ!
貴族どもを絞首刑に。
絞首刑にしなければ、
打ち砕いてやる。
打ち砕かなければ、
焼き尽くしてやる。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
もう貴族も司祭もいらない、
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
平等が至るところに君臨する。
オーストリアの奴隷どもはそれに続き、
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
彼らの地獄のような騒ぎ声は、
悪魔が持ち去ってしまうだろう。
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
貴族どもを街灯に吊るせ;
ア!サ・イラ、サ・イラ、サ・イラ、
貴族どもを絞首刑に;
そして全員を吊るし終えたなら、
シャベルを突き立ててやる……(原文では伏字)