砲火の一年、そしてスイスでの集い
1915年、第一次世界大戦は開戦から1年を迎えていた。各地の前線では砲弾が飛び交い、参謀本部の命令に従う兵士たちが互いに命を奪い合っていた。輸送列車に乗り込んだ瞬間、彼らはすでに死の宣告を受けたも同然であった。そんな絶望的な状況の中、スイスでは社会主義者たちが結集し、この戦争に対する明確な抗議の声明――「ツィマーヴァルト宣言」がまとめられたのである。
宣言の起草者たちは、この戦争の根本原因を「帝国主義諸国間の対立」に求めた。資本主義とは、大多数の人々を搾取し、その富をごく一部の者だけが享受する仕組みである。そして資本家たちは、戦争を「国防」であると喧伝することで正当化し、少数者の特権を守るために国の進歩を妨げている――宣言はそう訴えたのだ。
史上初の国際社会主義者会議
この会議は、スイスの社会主義指導者ロベルト・グリムの呼びかけによって実現した、史上初の国際社会主義者会議であった。12か国から38人の社会主義者が参加し、大戦への断罪と平和の回復を訴える共同宣言を採択した。
ウラジーミル・レーニンやレフ・トロツキーもこの場に出席しており、両者は戦争を非難する姿勢において一致していた。宣言の起草を担当したのはトロツキーである。彼は「戦争を終わらせるには、革命が必要だ」という確信を固めていた。
共産主義の始まりか?
ツィマーヴァルト宣言は、単なる反戦アピールにとどまらず、後の共産主義運動の思想的出発点の一つと位置づけることができる。会議の中でもレーニンら急進派は、帝国主義戦争を内乱へと転化させるべきだと主張し、後に「ツィマーヴァルト左派」と呼ばれるグループを形成した。この流れは、1917年のロシア革命へとつながっていく。
搾取する少数者と搾取される多数者という構図を暴き、戦争の真の受益者を問うたこの宣言は、20世紀の歴史を大きく動かす思想の萌芽であったと言えるだろう。