古代の歴史

M10駆逐戦車(タンク・デストロイヤー)の詳細解説――性能諸元からアキリーズ、M36への発展まで

M10駆逐戦車(タンク・デストロイヤー)の詳細解説――性能諸元からアキリーズ、M36への発展まで

M10「戦車駆逐車」の基本データ

国:アメリカ合衆国

種類:戦車駆逐車

乗員:5名

兵装:3インチM7砲1門、12.7mm M2対空機関銃1挺

装甲厚:最小12.7mm/最大50.8mm

寸法・重量

全長:5.97m
全幅:3.05m
全高:2.48m
戦闘重量:29.9トン
接地圧:0.95kg/cm²
パワーウェイトレシオ:12.7馬力/トン

エンジン:GM製6-71直列6気筒水冷ディーゼル2基、合計375馬力(2,100回転/分)

走行性能

路上速度:48km/h
路外速度:32km/h
航続距離:320km
越堤能力:0.61m
超壕幅:2.29m
登坂能力:60%

開発と採用の経緯

1942年6月、T35E1の改良型が制式採用され、「M10 3インチ砲搭載車(3 inch Gun Motor Carriage)」と命名された。この車両には「ウルヴァリン(クズリ)」の愛称で呼ばれることもあった。M10は比較的低いシルエットと良好な弾道特性を備えた優れた戦闘車両であった。防御上の弱点となる部位には増加装甲を取り付けるためのボルト穴が設けられていたが、この方法が実際に用いられることは少なかったようだ。

優れた性能と抱えた欠点

一方で、M10には欠点も存在した。オープントップ式の砲塔は、乗員や一部の弾薬を砲弾の破片や航空攻撃に無防備にさらすことになった。また、非常に大型の3インチ砲は砲塔内の空間を圧迫しただけでなく、砲塔のバランスを崩すという問題も引き起こしていた。

この砲は最大射程14,631m、初速792m/sの被帽徹甲弾を発射し、900mの距離で表面硬化装甲102mmを貫通する能力を持っていた。しかしながら、対空砲に由来する設計のため砲身が長大で、砲塔内で大きなスペースを占めた。この問題への対策はほとんど講じられず、砲身の長さと重量を釣り合わせ、手動による旋回を可能にするため、砲塔後部に1,134kgものカウンターウェイトを取り付ける必要があった。

M10A1はM4A3のシャーシの使用が認められたが、フォードGAAエンジンが搭載されたことを除けば、目立った相違点はなかった。M10およびM10A1の総生産数は6,346両に達した。

派生型――M35牽引車とイギリス軍の「アキリーズ」

M10A1の大半はアメリカ本土に留め置かれるか、砲塔を撤去されてM35牽引車に改造され、240mm榴弾砲や8インチ砲の牽引に充当された。

イギリス軍では、多くの場合オリジナルのM7砲を自国製の17ポンド砲に換装した。この改造車は「アキリーズ」と呼ばれ、元のM10を明確に上回る戦闘効力を発揮した。アキリーズは戦後も長くイギリス王立砲兵隊で運用され続け、デンマーク陸軍では近年まで使用されていた。

90mm砲搭載への道――M36の誕生

3インチM7砲の設計は少なくとも1918年まで遡るもので、決して時代遅れとは言えないものの、さらなる改良の余地はほとんど残されていなかった。

1942年9月、装甲車両への搭載および対戦車任務向けに開発中だった90mm対空砲をM10の砲塔に適合できるかどうかを検証するため、調査委員会が設置された。その結果、新型砲塔の設計によって適合が実現し、M10は「T71 90mm砲搭載車」として発展することとなった。

しかし、90mm砲が前線部隊に引き渡されるまでには約2年を要し、ヨーロッパ作戦戦域における対戦車火力の不足は深刻な懸念材料となっていた。

1943年11月にT71が500両発注され、うち300両はM10の生産ラインから直接振り替えられた。T7砲(3インチ砲架に搭載できるよう改造されたM1対空砲)は、1943年8月に「90mm M3」として制式化された。

そして1944年6月、T71は「M36 90mm砲搭載車」として制式化された。生産は前述の500両の限定発注から始まり、最初の車両は1944年7月に前線へ到着した。

M36はM10A1と同じ車体を使用する予定だったが、製造上の困難が生じたため、標準的なM4A3戦車の車体にM36の砲塔を搭載する方式の試験も行われた。