モンゴメリの作戦計画の骨子
1942年10月6日、バーナード・モンゴメリ将軍が最終的に採択した作戦計画の概要は、以下のようにまとめることができる。
北方面:第30軍団による主攻撃
主攻撃は北方面から実施され、第30軍団が4個師団を横一列に展開して突入する。「橋頭堡」を確立することが目的であり、目標は「オクサリック」──敵の主要抵抗帯を越えた先に設定されたラインである。地雷原には2本の回廊を切り開き、第10機甲軍団はそこを通過する手順となっていた。
南方面:第13軍団による二正面攻撃
南方面では、第13軍団が二正面からの攻撃を仕掛けた。一方ではヒメイマトとエル・タガ台地を、他方ではジェベル・カラフを目標とした。これらの行動は、敵に主攻勢の方向を誤認させ、本来なら第30軍団に対して投入されるはずの敵予備兵力を釘付けにすることを意図したものだった。
各軍団に与えられた任務
第13軍団と第30軍団には、敵の前進陣地を守備する部隊を撃破する任務が課された。
第10軍団は「オクサリック」の西方、「ピアソン」の線に展開し、第30軍団に対する敵のいかなる介入も阻止することになった。その後の任務は、敵機甲予備兵力の撃破である。
そして攻勢は、満月の夜間に発起される予定だった。
綿密に準備された砲兵運用計画
砲兵の運用計画は入念に準備されていた。英軍は大量の火砲と膨大な弾薬の支援を受けて戦闘に臨むことになる。攻勢は大規模な対砲兵射撃で幕を開け、続いて砲兵の大部分が敵の拠点に対する集中射撃を実施する手順だった。
優れた航空支援計画
航空計画もまた見事なものだった。Dデー以前、砂漠航空軍(カニンガム空ニンガム空軍中将)は敵航空戦力の弱体化に全力を挙げてきた。同指揮官は、枢軸軍部隊の一部を飛行不能に陥らせた悪天候を巧みに利用し、素早い低高度攻撃によって、地上の多数の航空機と燃料貯蔵所を破壊することに成功していたのである。
攻撃初日の夜には、英軍の航空機が事前に偵察された敵砲兵陣地を攻撃し、対砲兵射撃に参加する予定だった。その後、ロンメルの機甲予備兵力が所在する地域へと向けられることになっていた。Dデーの時点で、英軍は戦闘機500機と爆撃機200機を保有しており、これは当時としては相当な戦力だった。
地形への懸念と徹底した情報収集
地形は英軍にとって大きな懸念材料だった。攻撃部隊が踏破しなければならない土地について、可能な限り多くの情報を集めたいと切望していた。空中写真、捕虜の尋問、そして当該地区を知る機会のあった部隊へ配布されたアンケート──あらゆる手段が駆使されたのである。
さらに、第30軍団の突破線まで6本の車両路が建設された。砂の上に道路を築かなければならなかったことを考えれば、まさに驚異的な工事だったと言えるだろう。