ルネサンス・ヒューマニズム(人文主義)は、15世紀から16世紀にかけてのルネサンス期に発展した知的・哲学的運動です。
人間を世界の中心に置く「人間中心主義(アントロポセントリズム)」が、この思想の中核となる概念でした。
文学史の観点では、ヒューマニズムはトルバドゥール(吟遊詩人)文学と古典主義の間の過渡期、あるいは「第二の中世」と位置づけられることもあります。
ルネサンス(再生)とは
ルネサンスは、15世紀にイタリア半島で始まり、次第にヨーロッパ大陸全体へと広がった芸術・哲学上の一大運動です。
この新しい世界観は、封建制度が疲弊し始めた時期に出現しました。土地の価値が相対的に低下し、商業が最も利益を生む活動となります。商業の発展とともにブルジョワジーという新しい社会階級が誕生し、ルネサンスはこうした社会変化を色濃く反映しています。
同時に、古代ギリシャ・ローマの古典文献が再評価されたことで、科学にも新たな推進力が生まれました。コペルニクス、ガリレオ、ケプラー、ニュートンといった科学者たちの研究は、カトリック教会のさまざまな教義と衝突することになります。教会は、特にプロテスタント宗教改革以降、次第に影響力を失っていきました。
このようにルネサンスは、当時の人々の精神に深い影響を与えた、社会的・文化的・政治的・経済的な大変革の時代だったのです。
プロテスタント宗教改革
プロテスタント宗教改革は16世紀に始まり、ヨーロッパの宗教地図を大きく塗り替えた運動です。
その先駆けとなったのは、修道士にして神学教授でもあったマルティン・ルターです。彼は、贖宥状(免罪符)の販売など教会が公認していた慣習を批判する「95カ条の提題」を発表しました。
この運動は、ドイツ、ネーデルラント、北欧諸国を中心にヨーロッパ各地へと波及していきます。
実は、ルターの提題が発表される以前から、カトリック教会内部では自己改革の動きが始まっていました。それは最終的にトリエント公会議として結実し、「カトリック改革(対抗宗教改革)」として知られることになりました。
人文主義哲学のポイント
ヒューマニズムは、芸術と哲学の両面に現れた知的運動です。人文主義の哲学者たちは、前時代である中世の神中心主義(テオセントリズム)的な思考から距離を置き、人間の世界に関する問いを提起することを目指しました。
すなわちヒューマニズムとはパラダイムの転換であり、当時の哲学者たちが提起した数々の問いを基に、世界を見る新しい枠組みを模索する営みだったといえます。
科学主義の進展や経験論の潮流とともに、真理は神のみならず、自らの存在条件について思考し内省する人間からも生まれるものとなったのです。
教育の分野では、学校や大学の拡充がルネサンス・ヒューマニズムの普及に不可欠な役割を果たしました。哲学、ギリシャ語、詩学などの教科が導入され、これによりヒューマニズムはヨーロッパ全土へと広がっていきます。
さらに、15世紀にドイツ人のヨハネス・グーテンベルクが発明した活版印刷術は、知識の伝播において決定的な意味を持ち、数々の人文主義的作品へのアクセスを飛躍的に容易にしました。
個人主義
個人主義はルネサンス・ヒューマニズムを特徴づける主要な要素の一つです。人間の個性や感情に関わる問題が、初めて思想の前面に据えられました。
こうして人間は世界の中心に置かれ、知性を備えた「変革の主体」としての重要性が強調されるようになります。
同時に、宗教を基盤とする中世的価値観を退け、人文主義者は個人主義的な姿勢を打ち出し、世界において自らの選択(自由意志)を行うことを肯定しました。こうして人間は、批判的精神を持つ自律的な存在へと生まれ変わったのです。
主な人文主義の哲学者・知識人
- フランチェスコ・ペトラルカ
- ジョヴァンニ・ボッカッチョ
- ロッテルダムのエラスムス
- ミシェル・ド・モンテーニュ
- ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ
- マルシリオ・フィチーノ
- ガスパリーノ・バルツィッツァ
- フランチェスコ・バルバロ
- トレビゾンドのゲオルギオス
- グアリーノ・ダ・ヴェローナ
ヒューマニズムの主な特徴
- 人間中心主義(アントロポセントリズム)
- 科学主義
- 合理主義
- 経験主義
- 古典古代への回帰
- 人間の価値の重視
まとめ
ルネサンス・ヒューマニズムは、中世の神中心的世界観から人間中心の世界観への転換を促した、歴史上きわめて重要な思想的運動です。古典の復興、科学の発展、宗教改革、そして印刷術の発明といった要因が相互に作用しながら、近代ヨーロッパの精神的地盤を築き上げました。ペトラルカやエラスムスら人文主義者たちの業績は、今日の教育や思想にも依然として大きな影響を与え続けています。