ルワンダ王国は、現在のルワンダ共和国にあたる東アフリカの伝統的国家です。この地域には、5世紀から11世紀にかけて農耕民のフツ族が定住したと考えられており、その後、14世紀以降に牧畜民のツチ族が移り住んできました。牧畜民であるツチ族は次第に農耕民のフツ族を支配下に置き、この二つの民族の関係が王国の社会構造の基盤となっていきました。
王国の成立と拡大
伝承によれば、15世紀から16世紀にかけて、ツチ族の指導者ルガンズ1世ブウィンバが、現在の首都キガリ近郊のブワナカンブウェ地方に王国を建国したとされています。16世紀には現在のルワンダ中部が王国に編入され、さらに17世紀には「ムワミ(王)」と称されたルガンズ2世ンドリが周辺のフツ族の諸共同体を服属させました。
王国の領土がほぼ現在の形に整えられたのは、19世紀後半のキゲリ4世ルワブギリの時代です。彼はルワンダ史上最大の王と評価されており、その統治のもと、1900年頃のルワンダは中央集権的な軍事組織を備えた統一国家へと発展を遂げていました。
植民地時代のルワンダ
1890年、ドイツはルワンダをドイツ領東アフリカの一部として領有を主張しましたが、実際の支配はほとんど行われませんでした。第一次世界大戦後、ルワンダは隣国ブルンジとともに「ルワンダ・ウルンディ」として、国際連盟の委任統治領(のちに国際連合の信託統治領)としてベルギーの管理下に置かれることになりました。
ベルギーは伝統的な王たちを通じた間接統治を行う一方で、それまで被支配層だったフツ族の地位向上を促す政策を推進しました。しかしこの方針は、のちに深刻な民族間対立を招く一因となったとされています。
王国の終焉と共和国への道
1959年、ツチ族とフツ族の間で武力衝突が勃発し、ムワミ(王)キゲリ5世ンダヒンドゥルワは亡命を余儀なくされました。彼はまもなく廃位され、1961年1月、ルワンダは共和国の樹立を宣言します。こうして数百年にわたり続いた王政は幕を閉じ、1962年7月1日、ルワンダは正式に独立を果たしました。