ルバ・ルンダ諸王国とは
ルバ・ルンダ諸王国は、15世紀末から19世紀末にかけて中央アフリカ、現在のコンゴ民主共和国にあたる地域で繁栄した国家群の総称です。ルバ王国はカサイ川以東のルアラバ川上流域一帯に位置し、ルンダ王国はクワンゴ川以東のカサイ川源流域に広がっていました。さらに時代が下ると、南東部にはカゼンベ(Kazembe)と呼ばれる新たな国家が成立しました。
国家の成立と領域の拡大
ルンダの伝承には、15世紀末以前に強大な国家が存在した記録は残されていません。15世紀末、戦士として名高いコンゴロがこの地方に現れ、各地の小首長たちを次々と服属させ、首都をムウィベレ(Mwibele)に置く中央集権国家を打ち立てました。
この中枢国家を核として数多くの衛星国家が生まれ、17世紀までにはその勢力範囲はコンゴ盆地南部から、現在のアンゴラやザンビアの一部地域にまで及びました。中でも最大の衛星国家が、ルバ王国の南西部一帯に広がったルンダ王国です。その建国者は「ムワタ・ヤンヴォ」(Mwata Yamvo、統治者)の称号で知られる人物で、ルバ貴族でありながらルンダの王女と婚姻を結んだといわれています。ルンダ王国は18世紀半ばに西方へ勢力を伸ばし、クワンゴ川流域に暮らす諸民族を支配下に収めました。
最大の勢力「カゼンベ」の興隆
ルバ・ルンダ国家群全体の中で最も大きな版図を誇ったのがカゼンベ王国です。18世紀初頭、ルバ・ルンダ複合体による最後の大規模な拡張が行われた際、ルンダからの一団が南東へと移動し、ムウェル湖(Lake Mweru)以南のルアプラ谷(現在のザンビア領内)に首都を定めて建国しました。
ポルトガルとの交易関係
ルバ・ルンダ諸王国は早くから、アンゴラに進出していたポルトガル人と間接的な交易関係を築いていました。彼らは奴隷や象牙を提供し、その見返りとして布地をはじめとするさまざまな品々を受け取っていました。
とりわけカゼンベのルンダ人は、ポルトガル人の武器の支援を受けて国家を建設した縁もあり、まもなくザンベジ川沿いに置かれたポルトガル商館で象牙の取引を行うようになりました。カゼンベ王国は、19世紀後半にイギリスによる植民地化が進むまで、長きにわたり繁栄を続けました。
近代以降のルバ・ルンダ
かつて独立を誇ったこれらの国家は、現在ではコンゴ民主共和国の領土の一部となっています。しかし、ルンダの人々は今日においても、儀礼的な権威を持つルンダの統治者の存在を認め続けています。また、ルバ王国最後の支配者となったカソンゴ・ニェンボ(Kasongo Nyembo)は、1891年から1917年まで君臨しました。