13世紀初頭、チンギス・ハンによって建国されたモンゴル帝国は、わずか数十年でユーラシア大陸の大部分を征服し、人類史上最大の陸上帝国へと発展しました。最盛期の領土は約2,400万平方キロメートルに達し、その範囲は現在の多くの国々にまたがっています。
ここでは、モンゴル帝国が占領または支配下に置いた地域が、現代のどの国に該当するのかを地域別にご紹介します。
モンゴル帝国の領土に該当する現代の国々(全36か国)
東アジア・東南アジア
- 中国
- モンゴル(帝国発祥の地)
- 北朝鮮
- 韓国
- ベトナム
- ミャンマー
中央アジア
- カザフスタン
- キルギス
- タジキスタン
- トルクメニスタン
- ウズベキスタン
南アジア
- アフガニスタン
- インド
- パキスタン
- バングラデシュ
- ネパール
中東・コーカサス地方
- イラン
- イラク
- シリア
- レバノン
- イスラエル
- イエメン
- トルコ
- アルメニア
- アゼルバイジャン
- ジョージア(グルジア)
東ヨーロッパ
- ロシア
- ウクライナ
- ベラルーシ
- モルドバ
中央・南東ヨーロッパ
- ポーランド
- ハンガリー
- ルーマニア
- ブルガリア
- セルビア
- ギリシャ
モンゴル帝国の拡大の歴史
1206年、チンギス・ハンがモンゴル高原の諸部族を統一したことを皮切りに、帝国は驚異的な速度で拡大を続けました。1219年からの西方遠征では中央アジアのホラズム・シャー朝を滅ぼし、以降も子孫の世代(バトゥ、フレグ、フビライら)によって征服事業が引き継がれました。
1235年から始まった大規模な「西部遠征」では、ルーシ諸公国(現在のロシア・ウクライナ一帯)が陥落し、その勢いはポーランドやハンガリーにまで及びました。1258年にはフレグ率いる軍勢がバグダードを攻略してアッバース朝を滅亡させ、中東全域に強い影響力を確立しています。
一方で、すべての遠征が成功したわけではありません。日本への襲来(元寇)は失敗に終わり、1260年のアインジャールートの戦いでエジプトのマムルーク朝に敗れたことで、シリア以西への拡大は阻止されました。また、ベトナムでは三度にわたる侵攻がことごとく撃退されています。こうした地域も、軍事的な接触や一時的な支配の観点から、帝国の勢力圏に関連する国として挙げられることがあります。
まとめ
モンゴル帝国の版図は、東アジアの朝鮮半島から東ヨーロッパのハンガリー平原まで及び、現代の36か国以上の領域を包含するものでした。14世紀後半、元朝の崩壊と各大ハン国の分裂により帝国は姿を消しましたが、シルクロードの活性化による東西交易の発展や、技術・文化・宗教の交流促進など、その遺産は世界史全体に深い足跡を刻んでいます。